HOME   »  史跡  »  塩沢宇賀神社 ~ 叛鬼長尾景春伝説

塩沢宇賀神社 ~ 叛鬼長尾景春伝説

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年10月15日、宇賀神社に行って参りました。

塩沢アク
 埼玉県秩父郡小鹿野町両神薄にあります。

004_201510201026208e9.jpg

 県道から林道に入り、延々と登っていきます。

 林道の分岐に表示がありますので、迷う心配はありません。

006_20151020104946b92.jpg
 両神村指定有形文化財であるということです。

 町村合併により、今は小鹿野町となりましたが、指定文化財であることに変わりは無いのでしょうか?

005_20151020105146707.jpg
 キツネ様が、何かをクワエテいらっしゃいます。

*伝説によりますと・・・・

 塩沢城に籠った「叛鬼・長尾景春」が、稲荷信仰を持ち、祠を建てたのが始まりとされています。

 稲荷信仰は、キツネを祀るものですね。

 「叛鬼・長尾景春」について、興味のおありの方は、

 鉢形城第1話 ~ 第7話を御覧下さい。

007_20151020110056f2e.jpg
 キツネ様から、やや下った場所に社殿があります。

*小鹿野町HPには、1534年創建と記されています。

 長尾景春が亡くなったのが、1514年ですから、長尾景春が亡くなって20年後に創建されたことになりますね。

009_20151020110429e77.jpg
 現在の社殿は、1819年に建築されたものであるということです。

*個人的な想像を申し上げます。

 長尾景春が塩沢城に拠点を置いていた時、この場所かどうか判りませんが、城内、もしくは城に隣接して、小さな稲荷社が建てられた。

 塩沢城の落城と、長尾景春の没落により、小さな稲荷社も捨て置かれ、荒廃に任された。

 その後、長尾景春の実家・白井長尾家が権勢を復活させた。

 そこで、長尾景春没後20年を期して、子孫やかつての家臣などが、改めて宇賀神社を建立した・・・

 という感じではないでしょうか?

010_20151020111029247.jpg
 見事な木彫ですね。

 012_20151020111121507.jpg
 何らかの寄進をしたと思われる方々のお名前が掲示されています。

 女部田さんは、もしかして、女部田城主の末裔でしょうか?

013_201510201117025af.jpg
 黒澤さんのお名前もありますね。

*小幡系の黒澤さんは、戦国期、武田勢としてこの地に侵攻しています。

 そのまま、土着した方もきっといらしたのかもしれませんね。

011_20151020112115681.jpg
 何かの舞台でしょうか?

*この後、小鹿野要害城へ登ろうとして撤退したのですが、途中に凄く立派な「黒澤家塁代の墓」がありました。

014_2015102011231608b.jpg
 社殿から見上げた、キツネ様です。

*今気がついたのですが、キツネ様は塩沢城跡を見上げています。

015_20151020112501aa8.jpg
 駐車場をはさんで、塩沢城への登り口があります。

*ここに鳥居があるということは、塩沢城も祀っているということでしょうか。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「史跡の部屋」
スポンサーサイト
Comment
Re: キツネ様
М様 ご来訪ありがとうございます。

 先週末は某メタルフェスに行ってまいりました。

 メタルの本場の外国勢も参戦しましたが、キツネ様の招集されたバンドは、演奏技術、アレンジ、音のバランス等多くの面で外国勢を凌駕していました。

 音作りが超メタルバージョンで、打ち込みがほとんど聞こえない状態でしたね~

 キツネ様の招集されたバンドはトリの2つ前だったのですが、キツネ様の招集されたバンドのパフォーマンスが終わった段階で半数近い観客が帰途に就き、実質「キツネ様フェス」の様相でした。

 では!
キツネ様
現代のキツネ様はヘビメタ界の制覇を目論んでおりますが、景春もキツネ様を信仰し関東制覇を目指したのでしょう。(笑)
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード