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多胡碑 ~ 羊太夫伝説発祥

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年10月5日、多胡碑に行って参りました。

三碑

 群馬県高崎市吉井町池字御門にあります。

 今年、群馬県南牧村で偶然 「羊太夫陣屋跡」 に出会いました。

 群馬県と埼玉の秩父地方に、「羊太夫伝説」があることを初めて知り、歴史ロマンを感じました。

 多胡碑は、「羊太夫伝説」発祥の碑であるということで、やってまいりました。

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 周囲は、公園となっており、駐車場とトイレが完備されています。

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 多胡碑は、風化を防ぐため、建物でカバーされています。

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 ガラス越しに、多胡碑を撮影しましたが、反射して上手く写りません。

 ふと、横に目をやると・・・

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 ライトアップのボタンがありました。

 素晴らしい!

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 ライトアップすると、上手く撮影できました。

 こんなに、違うんですね。

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 「特別史跡・多胡碑」の解説版です。

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 碑の文の現代語訳です。

 上野国の、片岡郡、緑野郡、甘楽郡の併せて三郡のうち、三百戸を新たに郡とし、に与えて、多胡郡としなさい。

 この決定をした人たちの名前が、多治比真人、穂積親王、石上尊、藤原尊と記され、こちらの名前は名前らしい名前なのですが、多胡郡を与えられたのが 「羊」 って?!

 面白いですね。

 この石碑は、地元の人々に「羊さま」と呼ばれ、親しまれてきたということです。

 面白さ、親しみやすさから、様々な憶測が広がり、長い年月の中で「羊太夫伝説」が練り上げられていったのではないでしょうか。

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 公園の案内図です。

*それでは「羊太夫伝説」を紹介します。受け売りですが・・・

 この地に羊太夫(ひつじだゆう)がいました。

 羊太夫は八束城に住んでいました。

 羊太夫には、八束小脛(やつかこはぎ)という、従者がおりました。


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 古墳がありますね。

*八束小脛は、超能力を持っていました。

 羊太夫が名馬にまたがり走り出すと、八束小脛は自分の足で、馬と同じ速さで走ることができました。

 更に超能力を発揮すると、羊太夫、馬、八束小脛は同時に空を飛ぶことができました。

 この能力により、羊太夫は京の都に日参していました。


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 南高原1号古墳だそうです。

*ある日、八束小脛が昼寝をしているところに、羊太夫がきました。

 すると、八束小脛の脇の下から羽が生えているのが見えました。

 よせばいいのに・・・

 おちゃめな羊太夫は、その羽を抜いてしまいました!!! 


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 こちらは無名のちっちゃな古墳。

*羽を抜かれた八束小脛から超能力が消えてしまいました。

 都へ日参できなくなってしまったのです。

 朝廷では、「毎日来ていた羊太夫が突然音沙汰が無くなったのは、反乱を企てているからだ。」と誤解し、討伐軍を差し向けました。

 あわれ、羊太夫は攻め滅ぼされてしまったとさ・・・

 群馬県と、秩父には、羊太夫が逃げ伸びてきたという伝説の地がいくつもあるということです。


 ユーモアあふれる伝説ですね。

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 多胡碑記念館がありましたが、休館日で入場できませんでした。

 このあと羊太夫が住んだとされる八束城と

 羊太夫を祀った、羊神社に行って参りました。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「史跡の部屋」


<羊太夫伝説関連記事>
 羊神社 和銅露天掘り跡 八束城 羊大夫陣屋 秩父黄金めし
 仁叟寺千手観音 七輿山古墳 

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