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奈倉館(2) ~ 信玄焼きに散る

 奈倉館の最終話です。

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 石塁は東で湾曲土塁と続いています。

 湾曲土塁の部分を、勝手に半桝形と呼びました。

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 半枡形から、下に道が伸びていました。

 この道を下から登って来ると、石塁から見下ろされ、石塁上からの攻撃にさらされることになります。

奈倉館
 古道から、半桝形へ至る道が搦め手だったのでしょうか?

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 「C」の部分です。

 ここに、詰郭的な普請がされていたのかもしれませんが、現状は平坦地となっています。

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 再び解説版です。

 1570年、甲斐の武田勢が秩父に侵入し、奈倉重則は討死したとされているとのことです。

 武田勢の侵攻を、秩父の人たちは「信玄焼き」と呼びました。

 奈倉重則は、信玄焼きに散ったということになりますね。

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 写真ではわかりにくいのですが、「B」と「D」の空間には家が建っていました。

 「A」と「B」の空間は、地元の人たちにとって家を建ててはいけない空間として認識されたいたということになりますね。

 125_20151004184627433.jpg
 「C」から東方向を撮影しました。

 奈倉館南側の堀跡と思われる窪みです。

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 「C」から、北方向を撮影しました。

 奈倉館西側の堀の雰囲気が伝わります。

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