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秩父氏館 ~ 秩父平氏本流

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年9月30日、秩父氏館に行って参りました。

秩父氏アク

 埼玉県秩父市下吉田3833にあります。

秩父氏館
 秩父氏館は、南、東、北を断崖に囲まれています。

 西だけ堀切れば、防御可能な天然の城地です。

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 Aから見上げた塁壁です。

 高くて、角度も急ですね。

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 Bから見上げた塁壁です。

 崩落防止の加工が施され、往時の姿ではありません。

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 Cから北側を撮影しました。

 この道路は、往時の堀を、更に掘り込んだものではないかと妄想が広がります。

*秩父氏館は、文字通り秩父氏の本拠です。

 秩父氏は、平安の頃よりこの地にあり、当時は武蔵の武士たちを取りまとめる役割に任じられていました。


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 上の写真からアングルを右に向けました。

 このあたりににも堀が続いていたのでは? と、更に妄想は広がります。

 妄想を概念図に表してみました。

*秩父氏は、多くの支流を創出しています。

 ・畠山氏(鎌倉初期の畠山重忠が有名)

 ・浄法寺氏(鎌倉期から戦国期まで岩手県安比川流域を支配)


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 城地方向へ進んでいきます。

 ・河越氏(室町時代平一揆の棟梁となるも、関東管領上杉氏に滅ぼされる)

 ・高山氏(安土桃山時代の高山右近が有名)

 ・葛西氏 ・渋谷氏 ・江戸氏 ・豊島氏 などなど、有名な士族が、秩父氏から派生しています。


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 大変広大です。

 アングルの左方向に、保育園と小学校があるのですが、変質者と疑われぬよう、撮影は自粛いたしました。

*支流の皆さんは、関東をはじめ、日本全国で活躍しているのですが、本家本元の秩父氏は秩父盆地に逼塞し、次第に周辺勢力に組み敷かれていったようです。

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 概念図Dのあたりです。

 この先は、南谷があり、急激に落ち込んでいます。

*戦国時代は、鉢形城北条氏邦の配下となりました。

 鉢形城の郭のひとつが「秩父郭」と名付けられたのは、秩父氏が防御を担当する郭という意味だとされています。


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 見下ろしました。垂直ですね。

*北条氏の没落とともに、秩父氏は帰農し、秩父氏館も廃城となったということです。

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 東からの遠景でお別れです。

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