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根城(12) ~ 蛎崎の乱勃発

 根城の第12話です。

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 「B郭」に攻め登った攻城兵を、本丸から銃撃するのは容易ですが・・・

 「B郭」に攻め登った攻城兵が、更に本丸へ攻め登るのは困難を極めます。

 間には深い堀があるからです。

*根城南部氏が後見する 北部王家では、金山の開発が進み、多量の金を産出するようになっていました。

 また、波の穏やかな陸奥湾に良港を持ち、日本の西国はもちろん、蝦夷や大陸との交易を盛んにし、莫大な利益を得るようになっていました。

 重臣の蛎崎蔵人はこの利益を何とか簒奪できないかと考え始めました。


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 アングルを引いて、「B郭」全体をおさめてみました。

*北部王家5代義純は、足利将軍家の養女をめとり、下北の地でも南北朝合一を実現しました。

 しかし、後醍醐天皇の嫡孫を始祖とする北部王家の中には、北朝への露骨なすり寄りではないかと、眉をひそめる者も少なくありませんでした。

 蛎崎蔵人は、南朝懐古派と、北朝順応派の対立をあおり、北部王家に混乱をもたらすことに成功しました。


根城
 本丸の塁壁は、「B郭」を包み込むように湾曲し、3方向からの銃撃を可能としています。

*蛎崎蔵人は、北朝順応派をまとめて謀殺すると、北部王家の実権を簒奪しました。

 蛎崎蔵人は、安藤氏と蝦夷勢力を味方に引き込み、勢力を拡大すると、根城南部家の領地を簒奪し始めました。

 蛎崎の乱の勃発です。


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 「B郭」の上から見た北側です。

*その頃、根城南部氏の当主は南部長経でした。

 南部長経は、家臣を集め、蛎崎の乱への対応策を練りました。


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 「B郭」の上から見た南側です。

 「C土塁」と、本丸の間に堀があります。

*根城南部家が庇護する北部王家を滅ぼした逆臣を許してはおけない。

 すぐにでも兵を挙げ、討伐すべしとの意見が大勢を占めました。


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 堀底を進んでまいります。

*しかし、南部長経は冷静でした。

 今、蛎崎を討つのは簡単だ、しかし、後に私戦として、幕府に咎められたらどうであろう。長年、幕府にあらがってきた当家は取りつぶされてしまいかもしれぬ。

 幕府に、蛎崎討伐のお伺いを立て、天皇より蛎崎討伐の院宣を頂いてから、兵を進めるのが肝要であろう。

 家臣たちは、南部長経の深慮に感心し、これに従うこととしました。


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 堀底を更に進んでまいります。

*蛎崎軍が攻めてきても、根城南部軍は、攻め返すことなく、専守防衛に徹しました。

  図に乗った蛎崎軍は、根城南部家の重要拠点七戸城を陥落させました。


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 本丸の南側の堀底です。

 「根城第13話・後花園天皇院宣」へ続く・・・

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