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根城(1) ~ 建武の新政の根拠

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年8月10日、根城に行って参りました。
 8年ぶりの再訪です。

根城アク

 青森県八戸市大字根城字根城47にあります。
 8年前は、家族連れでしたので、公園化された本丸をササッと見ただけでした。

 今回は、家族のいるホテルを朝4時に抜け出して、やってきました。
 全域をくまなく見て参りました。

DSCF3970.jpg
 市街化により破壊されてはいますが、往時をしのぶことは出来ます。

根城
 馬淵川に北側を、西ノ沢に西側を守られた、台地を利用しています。

(公式に命名されている郭についてはそれに従い、命名されていな郭については勝手に名付けて表記しました。)

*南部氏の歴史は、客観的な根拠が認められる資料が乏しく、諸説入り乱れております。

 本レポートは、正部家種康著「歴史と伝説・はちのへ物語」の記述に沿って解説をさせて頂きます。


DSCF3971.jpg
 先ほどの写真から、少し南へ進んだところです。

 岡前館の塁壁が残存しています。

*1333年、後醍醐天皇が、鎌倉幕府を滅ぼし、「建武の新政」を開始しました。

 後醍醐天皇は、北畠顕家に奥州の統治を任せることにしました。


DSCF3972.jpg
 沢里館に着きました。

*北畠顕家は、翌1334年奥州へ赴きました。

 その際、甲斐の南部の豪族南部氏の「南部師行」(なんぶもろゆき)が、北畠顕家に随行しました。


DSCF3973.jpg
 沢里館には、奥州南部糠部三十三観音十二番札所「根城隅ノ観音」が鎮座しています。

*北畠顕家は、南部師行に対し、この地への築城を命じました。

 北畠顕家は、その城を「北奥州支配の根拠」たる城であることを示すため「根城」と名付けました。


DSCF3974.jpg
 登って行きましょう。

 伝説によると、糠部三十三観音の歴史は鎌倉時代にさかのぼるということです。

DSCF3976.jpg
 根城隅ノ観音です。

 伝説が正しければ、根城よりも創始が古いということになりますね。

DSCF3977.jpg

 観音様から北側を撮影しました。

 「根城第2話・南部師行西征」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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