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谷津館の内 ~ 曽我兄弟伝説

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年7月25日、お城仲間のMさんと谷津館の内に行って参りました。
 静岡県賀茂郡河津町谷津にある「河津八幡神社」の境内とその一帯が「谷津館の内」であることが「静岡県遺跡地図」に図示されています。

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 平安末期、この地の領主は「河津三郎」で、ここ「谷津館の内」に住んでいたという伝説が残されているということです。

*このレポートは、現地解説版の表記に沿って進めさせて頂きます。

 現地解説版と異なる伝説の方が広く流布されています。

 そもそも、伝説であり、史実であるかどうかについては、多くの疑問が呈されていることを申し添えさせて頂きます。

 歴史ロマンとして楽しんで頂ければ・・・

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 境内には、大きな石が祀られています。

 「手玉石」と呼ばれているそうです。

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 祀られている石は、「河津三郎」が、今でいう筋肉トレーニングに使用した石であるということです。

 「河津三郎」は、相撲の名手で・・・

 相撲四十八手のひとつ、「河津掛け」の考案者とされているとのことです。

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 「河津三郎」さんが、筋トレをされている像もあります。

 像の正式名称は「河津三郎力石」です。

 河津出身の彫刻家後藤白堂氏の手によるものであるということです。

 そんな「河津三郎」さんのお父さんは、伊藤祐親でした。

 伊藤祐親は、工藤祐経と所領争いをしていました。

 工藤祐経の部下は、ある日「河津三郎」さんに不意打ちテロを仕掛け、見事に成功。

 「河津三郎」さんは、あの世の人となってしまいました。

 とんだとばっちりですね。

 「河津三郎」さんには、二人の男子がおりました。

 二人の男子のお母さんは曽我さんと再婚したので、二人の男子は「曽我兄弟」となりました。

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 鎌倉幕府成立後、源頼朝が富士のすそ野で、巻狩りを催しました。

 曽我兄弟は、父の仇工藤祐経の陣屋に切り込み、見事本懐を遂げました。

 しかし、一人は討死。もう一人は処刑されてしまいました。

 悲しい伝説ですね・・・

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 河津八幡神社のお堂です。

 お堂の裏には・・・

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 数段の削平地と石積みがありますが、往時の遺構であるのか、近世の畑作によるものなのか・・・

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 神社の遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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