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小田城(5) ~ 敵と味方を間違えて落城

 小田城の第5話です。

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 今度は、本郭の北西側に来ました。

 本郭西側の堀です。

*手這坂合戦は、「関東古戦録」では、常州乙幡合戦として、記述されています。

 以下「関東古戦録」の要約です・・・


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 北側へ振り返ると、「あ」と二郭を隔てる堀も視認できます。

*小田天庵は、佐竹配下の太田三楽斎や真壁道無(氏幹)に、度々、領国を荒らされ、復讐を誓いました。

 軍勢を率い、国境を越え、民家に放火してまわりました。

 早速、大田三楽斎と真壁道無が駆けつけました。


小田城
 北側から二郭に進入した攻城兵は、北馬出からの銃撃にさらされ、東馬出からの伏兵に悩まされます。

 (北馬出は、市街化により破壊されてしまっています。)

*小田勢は、怒涛の進撃を開始し、両勢は激しくたたかいました。

 そこで佐竹側が鉄砲で撃ちかけました。

 小田勢は怯み、小田城へ向けて撤退を始めました。


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 本郭北側の堀を西側から撮影しました。

 土橋が伸びています。

*太田三楽斎の子、梶原政景は小田勢を攻撃せずに、併走し、小田城を目指しました。

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 土橋を正面から撮影しました。

 土橋は進入不可でした。

 本郭に入られている方は整備作業の方のようです。

*小田城の番兵は小田軍のこれまでの戦歴から・・・

 「味方は、きっと負けて、この城に逃げ込んでくる」と思いこんでいたのでしょうか?

 梶原政景勢を見た小田城の番兵は「味方が逃れてきた。」と勘違いし、城へ迎え入れてしまいました。


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 本丸北側の堀を、今度は東側から撮影しました。

*梶原政景は、父の太田三楽勢をも小田城内に収容すると、番兵を皆殺しとし、城門を堅く閉ざしました。

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 本郭の北東には「A」の張り出しがあります。

 往時は張り出し土塁の上に櫓が建てられていたことと思われます。

 二郭から、東馬出へ進む攻城兵に対して、横矢攻撃を仕掛けることを企図しての普請であると思われます。

*小田天庵は、小田城を奪回しようとしましたが、背後から真壁道無勢が迫ってくるので、どうすることも出来ませんでした。

  天庵は、仕方なく藤沢城に入りました。


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 東馬出が見えてきました。

 「小山城第6話・忠臣の遺言無視で惨敗」へ続く・・・

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