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白井城(7) ~ 北条家の配下へ

 白井城の第7話です。

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 土橋を渡って、桝形に入りました。

 桝形土塁が石積みで固められていますね。

*武田家配下だった上野の豪族たちは、織田家重臣滝川一益の支配下に組み込まれました。

 白井城の長尾氏も滝川一益へ出仕しました。


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 アングルを左へ振りました。

 東側の堀へ下る道が整備されています。

*驚くべきことに、北条の配下だった豪族達も勝手に滝川一益へ出仕し始めました。

 北条家の面子は丸潰れでした。


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 堀へ下りつつあります。

*そんな時北条家に、「本能寺の変に織田信長が倒れた」との知らせが入りました。

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 堀は、本丸土塁の張り出し部分を囲むように湾曲しています。

 現地表示には「三日月堀」をありました。

 ある先人は、武田が白井城を奪取した際に改修した、「武田流の三日月堀」であると主張されており、その先人の主張に沿って表示されているのだと思われます。

 私見を申し上げると、武田の三日月堀は、丸馬出と対をなすものであり、この湾曲堀を「武田流の三日月堀」とするのは同意できません。

*北条氏は、これを織田氏から受けた屈辱を晴らし、関東を制覇する好機ととらえ、上野へ侵攻しました。

 北条の軍勢は5万、迎え撃つ滝川勢と上野勢は1万8千であったとされています。

白井城

*滝川一益と上野の豪族は、北条の大軍を前に惨敗。

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 更に東へ進むと、堀は直線となります。

*滝川一益は上野を捨てて、西国へ逃げ帰ってしまいました。

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 更に更に東へ進みました。

 歩いてきた堀より、更に深い堀があり、そこに土橋が渡され、土塁と連結しています。

 土塁上で戦った城兵の撤収用土橋であると思われます。

 同時に深いほうの堀底を移動する攻城兵の動きを制約する役割も担っていたと思われます。

*長尾憲景は、他の上野の豪族とともに、小田原北条氏の傘下となりました。

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 土橋を渡って、土橋を振り返りました。

 「白井城第8話・白井長尾家の没落」へ続く・・・

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