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白井城(5) ~ 真田幸隆奪取

 白井城の第5話です。

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 三ノ丸に入りました。

*北条氏康は、なんとか小田原城を守りきりました。

 しかし、直前まで「まごうことなき関東の覇王」であった北条家が、本拠1城に押し込められたことは大きな衝撃でした。


白井城
 この図では描ききれていませんが、三ノ丸の東側は堀と土塁で守られています。

*窮地に立たされた北条氏康は、武田信玄に対して援軍を要請したました。

 確かな記録は残っていませんが、北条氏康から武田信玄へ「西上野切り取り自由」の条件が示されていたようです。


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 東側から、三ノ丸を守る土塁を見上げました。

*武田信玄は上野侵攻を本格化させました。

 白井城西側の断崖を形成する吾妻川をさかのぼっていくと、吾妻領です。

 武田信玄は、配下の真田幸隆へ、吾妻領制圧を命じました。


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 土塁に登ってきました。

 結構高い場所にあることが写真から伝わるでしょうか。

*真田幸隆は、1565年現中之条町を支配していた斉藤氏を滅亡させ、吾妻領制圧を完了させると、満を持して、白井城へ攻めよせました。

 白井城は落城し、武田家の属城となりました。


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 土塁と三ノ丸の間には堀があります。

*上杉憲景は、臼井城背後の見立城へ引いたとの説もありますが、白井城の眼前で狭い見立城を維持し続けることができたとは考えられず、上杉憲景は沼田城あたりへ身を寄せていたのではないかと推察いたします。

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 土塁と堀はずっと続いています。

*その後、武田信玄は今川領へ侵攻し、戦力の過半を東海道戦線に集中させる事態となりました。

 真田幸隆が戦略的戦線縮小により白井城を放棄したとも・・・・

 守備の手薄になった白井城を長尾憲景が奪回したともいわれ、諸説あり、浅学の私には何とも判断できませんが・・・


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 土塁を南へ下っていくと、二の丸の塁壁が見えてきました。

*いずれにしても長尾憲景は、上杉謙信配下の武将として、白井城主に復帰することができました。

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 三ノ丸と二の丸を隔てる堀です。

 「白井城第6話・武田家の配下へ」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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