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白井城(1) ~ 管領家宰長尾氏

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年6月15日、白井城に行って参りました。
 群馬県渋川市白井にあります。

 室町時代、上杉氏が関東管領として君臨した際、その腹心の長尾氏がこの地に配されました。

 白井城は、白井長尾氏により創築されたと考えられています。

 7年ぶりの再訪です。
 前回は中心部を足早に見て回りましたが、今回はじっくりと踏査いたしました。

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 白井城は、交通の要衝に位置するため幾多の勢力による争奪が繰り返されました。

 安土桃山時代には、徳川氏の勢力圏として安定の時代を迎え、政庁としての役割を担う為、拡張工事が行われたようです。

 拡張工事の際に追加された、新郭の段差が僅かながら残っていました。

 これは南東方面の段差です。

113_20150627090231c6d.jpg
 これは新郭南側の段差です。

白井城新郭
 古図面と照らし合わせた現地観察の結果を航空写真に落とし込みました。

 安土桃山時代になると、本丸が他の郭に囲まれているべきという観念がひろがり、南郭が普請され、その後、街道と白井宿との行き来を容易にするために、新郭が普請されたのではないかと思われます。

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 新郭の南西部に入りました。

 奥に南郭が見えます。

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 南郭の南端と思われる場所です。

 ここからアングルを左へずらすと・・・

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 堀は、耕作の為にダイブ埋められてますが、「A」の部分は往時を保っているのではと思われます。

*1454年、享徳の乱が勃発し、関東管領家と公方家が対立しました。

 関東管領は若年であった為、白井長尾家の長尾景仲がこれを補佐しました。

 白井城の創始はこの頃、長尾景仲によるものであるとする説が有力です。


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 「A」へ侵入していきます。

*長尾景仲の子長尾景信は、関東管領山内上杉家の家宰を務めました。

 白井城は、関東管領家ナンバー2の城として、関東に重きをなすこととなりました。

 長尾景信は、対立する古河公方との戦い度々勝利をおさめました。

 また、管領房顕が子供の無いまま無くなると。

 越後の上杉分家から、顕定を養子として迎え入れました。

 顕定を傀儡として、管領家を実質上取り仕切っていたのではないかとされています。  


121_20150627092833a26.jpg
 西下から見上げました。

 吾妻川の船着き場で降ろされた荷を、この道を通って、白井宿へ運び上げたのでしょうか。

 「白井城第2話・三国街道と白井宿」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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