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小棚城 ~ 渡河掌握崖端

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年5月27日、小棚城に行って参りました。

小棚城アク
 群馬県高崎市吉井町小棚にあります。

 小幡から高崎へ至る街道の、鏑川渡河地点を押さえる位置にあり、鏑川南岸の断崖に頼った崖端城です。

sIMG_1321.jpg
 また、西から南にかけて、この天引川に守られており、東だけ普請すれば足りる天然の城地です。

sIMG_1322.jpg
 天引川には、「二丈橋」が架かっていますが、 「中世吉井の城館跡」掲載古図面では「二城橋」と記載されています。

小棚城
 小棚城は残存度が低いです。

 「中世吉井の城館跡」掲載の古図面を参考に、また、地元の方の「あの赤い屋根の家から、こっちの方へ土塁が伸びていたそうだ。」という証言を参考に、往時を想像して、イメージ図を作成してみました。

 街道を城内に取り込んでいるのがミソですね。

sIMG_1314.jpg
 三郭の東側には「城裏橋」があり・・・

 橋の上からは・・・

sIMG_1315.jpg
 往時の堀を生かした道路を見下ろすことができます。

 これが北側。

sIMG_1316.jpg
 これは南側です。

sIMG_1305.jpg
 三郭内には往時の街道がそのまま道路として使用されています。

 左側が二郭で、小口の位置も現在の道路と同じだそうです。

 二郭の土塁は皆削られてしまったということです。

sIMG_1306.jpg
 二郭に入りました。

sIMG_1324.jpg
 二郭の南東寄りには、「A」の盛り上がりがあり、「中世吉井の城館跡」掲載の古図面には、物見塚と記されています。

sIMG_1309.jpg
 本郭に入りました。

 地元の方のお話ですと・・・・

 本郭手前の家が本家で、周辺の家はほとんどその分家である。

 本家には「昔は城主であった。」という言い伝えが残っている。

 本家からは近世、町長が輩出されたとのことです。

sIMG_1311.jpg
 本郭の西端から、天引川の断崖を見下ろしました。

 こちらから攻めるのは無理ですね。

sIMG_1308.jpg
 振り返ると、貴重な残存土塁がありました。

sIMG_1325.jpg
 北側からの遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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