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羽沢城 ~ 崖端支城

 みなさんこんにちわ。

 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。

 平成27年5月2日には、羽沢城に行って参りました。

 群馬県甘楽郡南牧村大字大日向1098にあります。

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 城内には現在、南牧村民俗資料館が設置されていますので、そこを目指すと良いと思われます。

 民俗資料館は入場無料ですので、見学をお勧めします。

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 羽沢城のイメージ図が掲示されてます。

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 イメージ図は2種類あります。

 この図は、上が北、右が東、下が南、左が西になっています。

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 城の北東方向の段差です。

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 南東方向の段差です。

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 南側の段差です。

 川に面した崖を利用した崖端城であることがわかります。

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 戦国時代、南牧村には「南牧六人衆」と呼ばれる土豪集団がおり、砥沢城の市河氏がその筆頭であったようです。

 羽沢城は市河氏の分流が居城したようですね。

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 市河氏は武田信玄の上州侵攻を先導しました。

 その関係でしょうか?

 市河氏の中には家紋に「武田菱」を取り入れている系列があるようです。

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 南牧村は金や砥石の産出で潤っていたということです。

 写真は砥石の搬出梱包の展示です。

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 資料館で、「南牧谷戦国史」を購入することができました。

 記述内容は他の資料との照らし合わせが必要なものが多いのですが、伝承を残す資料として貴重であると思われます。

 以前「南牧村史」を拝見したところ、「古代」の次が「近世」で、「中世」が存在していませんでした。 

 何故「中世」が記載されなかったのか、その内幕がこの「南牧谷戦国史」に記されていました。

 この本を発行すること自体、著者にとっては人生をかけたものであり、多くのリスクを背負うものであったのではないかと推察し、著者に敬意を表したいと思います。


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 イケ面消防士の写真でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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