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山中城(10) ~ 北郭への道

 山中城の第10話です。

IMG_9566.jpg
 西郭と元西櫓の間には、土橋も木橋もありません。

山中城c
 城を守る側としては、攻城兵に元西櫓の攻略を諦めていただき、「C」の狭い道を1列で進んで欲しいはずです。

 そうすれば、一列で進む攻城兵を、二郭と本郭からの射撃で狙い撃ちに出来ます。

*第4話で紹介した宋閑寺の解説版に、山中城の城主は松田右兵衛太夫(康長)であったと記されています。

IMG_9636.jpg
 防御側の理想としては、二郭と元西櫓の間の木橋を破壊し、攻城兵が二郭の直接攻略を諦め、迂回を初めて頂きたいところでしょう。

 この写真方向へ迂回すると尾根状の道を登っていくことになります。

*松田氏は戦国初期、相模の国に勢力を張っていました。

IMG_9637.jpg
 登り切り「C」に到達すると、堀越しに二郭の土塁がそびえ、土塁上の守兵が銃口を向けてきます。

*北条家初代当主北条早雲が、伊豆から相模へ触手を伸ばすと、松田憲秀がこれに呼応しました。

IMG_9639.jpg
 本郭付近へ進むと、堀幅が狭くなり、より、至近距離からの銃撃が可能となります。

*北条早雲の小田原城奪取に、松田憲秀は大きく貢献したとされれます。

IMG_9641.jpg
 北郭が見えてきました。

 通路が屈曲しています。攻城兵の進入速度を低下させるとともに、多方向からの銃撃を可能にする工夫です。

*松田家は、以後、北条家の重臣として仕え、北条家の発展とともに、松田家の権勢も奮ったのでした。

IMG_9640.jpg
 通路から脇を見下ろすと、北郭が堀に囲まれているが見てとれます。

*松田康長は、松田憲秀の従兄弟にあたり、北条氏康・氏政・氏直の三代に仕えたということです。

IMG_9644.jpg
 北郭への小口が見えてきました。

 小口には門が設けられ、門の手前で停滞する攻城兵へ、本郭から射撃を仕掛ける防御構想ですね。

 「山中城第11話・北郭と架橋」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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