FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  山中城(6) ~ 死の郭

山中城(6) ~ 死の郭

 山中城の第6話です。

IMG_9573.jpg
 東南方向から西櫓へ土橋が伸びています。

IMG_9569.jpg
 土橋を別方向から撮影しました。

山中城イメージ図
 この全体図で、西櫓は「F」にあたります。(土橋は省略し描いていません)

 西櫓への通路は、この土橋と、前話でお伝えした架け橋の2か所です。

*「関東古戦録」によると・・・

 豊臣方の武将は北条攻めの軍議を開きました。

 徳川家康「北条は籠城一途で乗り切ろうとしています、一隊は氏政、氏直親子に備え、一隊は韮山城を攻め、一隊は山中城を攻めるのがよろしいでしょう。」


IMG_9571.jpg
 南東方向から見た西櫓と西ノ丸(西郭)とを隔てる堀です。

*豊臣秀吉は、徳川家康の言を入れ、それぞれの隊に武将を振り分けました。

 そして、徳川家康に対し「戦のことは頼みましたぞ」と伝えました。


IMG_9588.jpg
 これは反対方向から撮影しました。

*徳川家康「承りました。9年前北条勢5万、徳川勢1万で対峙し、引けを取りませんでした。

 しかし、戦は時の運で何が起こるかわかりません。

 私が討死したら、二番手で勝利できるよう、厚い備えが肝要です。」


IMG_9598.jpg
 西櫓は土塁の追加普請(復元工事)中で入れませんでしたので、隣の西ノ丸から撮影しました。

 これだけ離れていると、二つの郭の間に木橋がかかっていたとは考えられません。

 西櫓の主部兵は、二か所の出入り口を攻城兵に封鎖されると撤退できません。

*豊臣秀吉「今の答えは、潔くて心地よい。

 合戦の一番手は家康殿にお任せいたす。

 二番手はこの秀吉が承る。」


IMG_9600_20150416153812fd5.jpg
 この架け橋の場所を封鎖するのは容易に思えます。

 西櫓の守備兵は撤退することを許されない存在であり。

 西櫓は、死の郭であったと思われます。

*豊臣秀吉「この二人が力を合わせれば日本国、高麗、唐の国まで怖いものはない。」

 座には、秀吉の高笑いが響き渡りました。


IMG_9599.jpg

 西ノ丸から見た北西方向の通路です。

 この通路を通れば、架け橋の封鎖どころか、西ノ丸の脇まで進むことも可能です。

 「山中城第7話・追加普請」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
スポンサーサイト



Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード