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山中城(3) ~ 渡辺勘兵衛突入

 山中城の第3話です。

IMG_9691.jpg
 岱崎出丸の中央部分に「郭馬場」と呼ばれる、長方形の郭があります。

 奥の一段高くなっている場所です。

 写真は東側から撮影しました。

 イメージ図ですと「郭馬出」は「D」です。

IMG_9693.jpg
 「郭馬場」に入りました。

*「渡辺水庵覚書」の記述に基づいた戦況解説を再開します。

 渡辺勘兵衛(水庵)は、城内からの一斉射撃により、味方が放棄した最前線の塹壕へ、走り込みました。

 何という勇気でしょう。

 将校クラスは、自分が勇気を示すことで味方を鼓舞することも役割の一つだったことと推察されます。


IMG_9692.jpg
 土塁に囲まれています。

*渡辺勘兵衛が走り込んだ塹壕は、城から100メートルほどの距離であったようです。

 勘兵衛が、塹壕から身を乗り出し、城の守備を見上げると、城内から一斉射撃が行われ、鬨の声があがりました。


 (一斉射撃は、間宮豊後守の指示により行われたのでしょうか?)

IMG_9701.jpg
 郭馬場のすり鉢郭側には、深い堀が穿たれています。

 すり鉢郭が陥落した場合でも、攻城兵をここで食い止める防御構想であったと思われます。

*勘兵衛は、一斉射撃を塹壕でやりすごすと、味方を手招きしました。

 味方の中村一氏軍は、隊列を保ったまま前進しました。


  (竹束で作った楯などで、身を守りながらの前進であったと思われます)

IMG_9698.jpg
 郭馬場西側の、一段下がった通路状の部分には浅い堀があります。

*勘兵衛は、主君中村一氏のもとへ駆けもどりました。

 「殿、これ以上塹壕を増やさずとも、出丸へ攻め入ることは可能でしょう。突入を命じて下され。」

 「いや、勘兵衛。他家が突入するのに合わせて、わが家も突入をしよう。」

 「殿、ここまできたらあとは覚悟の問題ですぞ! では!!」

 勘兵衛が突出すると、功にはやる50名ほどが、それに続きました。


山中城イメージ図
 「A」の大手に一柳軍は攻めかけ、すり鉢郭に中村軍が攻めかけ、城兵が防戦のため2か所に集中した為、「C」の守備が薄くなり、そのすきをついて渡辺勘兵衛が「C」付近から城内に突入したと推察されています。

*勘兵衛が、岱崎出丸の奥の方、大手の手前へ回り込み、塁壁を登り、土塁を乗り越えると、秀吉の陣の方から法螺貝が吹きならされました。

 一斉攻撃の合図です。

 勘兵衛の一番乗りが、一斉攻撃のきっかけとなったのでした。


IMG_9690.jpg
 郭馬場から、岱崎出丸の「C」方向を見下ろしました。

*勘兵衛は、城兵が他方面で戦っていた(自分が土塁を乗り越えた個所では城兵がすくなかった)為、楽に侵入出来たとしています。

 それでもここで中村軍2名が負傷しました。


IMG_9688.jpg
 「C」から、郭馬場方向を見上げました。

 「山中城第4話・豊臣軍の惨状」へ続く・・・

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