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二本松城(2) ~ 少年隊散る

 二本松城の第2話です。

DSCF3675.jpg
 大手桝形です。

DSCF3676.jpg
 大城代内藤四郎兵衛討ち死の地・城門を開いて敵勢に切り込み、獅子奮迅の末、壮絶な戦死を遂げたと記されています。

 申し訳ありませんが・・・・

 城代は指揮官なのですから、自分で切りこんではいかんでしょう・・・・

 それに、兵力が限られているのであれば、戦線を縮小するために山城部に集結すべきではなかったでしょうか?

DSCF3677.jpg
 大手門ですね。

 少年隊の大半は戦死し、二本松城は僅か1日で落城しました。

 藩主の丹羽長国は、城を捨てて米沢に逃亡したということです。

 少年を楯に、何と卑怯な・・・・

DSCF3678.jpg
 大手門を抜けました。

 細長い郭があります。

DSCF3679.jpg
 細長い郭の中ほど左側に、また、枡形があります。

DSCF3680.jpg
 桝形を抜けると、登り道があり・・・

DSCF3681.jpg
 登り道からは大手門を見下ろすことができます。

 つまり、ここから、大手門を突破した攻城兵へ射撃を仕掛けることができるというわけです。

 「二本松城第3話・三の丸」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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Comment
Re: タイトルなし
無名の方、御来訪ありがとうございます。

 はじめまして、中世城郭愛好家武蔵の五遁と申します。

 無名の方は、歴史愛好家でいらっしゃるのでしょうか?

 伝説のご教授ありがとうございます。

 歴史は生き残った者、より地位のあるものにとって都合よく脚色される傾向があります。

 長国氏は、生き残り、子爵になるなど地位を維持しました。

 御教授の伝説は存じ上げていましたが、脚色の可能性を感じました。

 少年兵が守る城を出て、長国氏が生きのびたのは事実です。

 当ブログは、学者ではない、単なる愛好家の感想文です。

 笑って受け流してくださいますようお願いいたします。
藩主丹羽長国は、城に残ると言い張ったのに、家老が無理やり、逃がしたのです。

病弱だったためといわれます。

卑怯とは違うと思いますよ。
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