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川越城(6) ~ 天神曲輪

 川越城の最終話です。

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 天神曲輪の堀は、南側と西側に一部、痕跡を観察することが出来ます。

 土塁も残存していますが、往時連続していたものが、破壊により分断されています。

川越城イメージ図
 川越城の創設時は、天神曲輪が本郭であったと想定する先人がいます。

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 これも分断された土塁の一部です。

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 天神曲輪には、三好野神社が鎮座しています。

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 この場所は、童唄「とおりゃんせ」の歌詞の発祥の地であるとされているとのことです。

 とおりゃんせ、とおりゃんせ

 ここは何処の細道じゃ 天神様の細道じゃ。

 ちっと通して 下しゃんせ 御用のないもの 通しゃせぬ

 この子の七つの お祝いに お札を納めに まいります

 行きはよいよい 帰りはこわい

 こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ


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 神社の裏手の土塁は分断されずに残っています。

*1590年、豊臣秀吉による、北条征伐が敢行され川越城は開城し、北条氏は没落しました。

 北条の旧領は徳川家康に与えられ、川越城には徳川家老の酒井氏が入りました。


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 本丸の観光用駐車場の前には、本丸門跡を示す石柱が立っています。

*その後、川越城には堀田氏、柳沢氏、秋元氏、松平氏などが入り、江戸時代を通して存続しました。

 1868年(明治元年)、当時川越城主であった松平康英は明治政府へ恭順の意を示すため、堀を埋めました。

 1873年、川越城は廃城となりました。


DSCF3532.jpg
 駐車場の南側には、本丸御殿があります。

 江戸時代に建設された建物が現存しています。

 入場料はかかりますが、見学されてはいかがでしょうか。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「埼玉の城」
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Re: お久しぶりDETH❗️
 りゅう様 御来訪ありがとうございます。

 転勤お疲れ様です。

 見知らぬ土地での生活は、知らず知らずのうちにストレスがかかるものです。
 リラックスと発散を心がけて、乗り切りましょう!

 名古屋ですか? 活気のある地域ですね。

 それにお城の宝庫ではないですか? うらやましい!

 足助城は古い造りでしたか?

 古い造りと、新しい造りと、見比べて、お城の見方が深まっていきますよね。

 私は年に1度は三河遠征をしたいと思っています。

 縄張りオタクの琴線に触れるような城がありましたら、是非ともご教授下さい。

 よろしく、お願いしますdeath!
お久しぶりDETH❗️
実は4月から名古屋に転勤してました〜川越も滝山も、片倉のマイクロ真田丸も見る事なく赴任し、ようやく昨日1日フリーとなり、武田の最前線となった足助城に行ってきました!本格的に建物を再現したとあって見応えがありましたが、伏兵通路も屈曲も馬出しもない簡単な古めの山城でした。でもひっさびさの1人お城ライフを満喫してきました。引き続き読ませて頂いてますので、これからもよろしくお願いしますDETH‼️
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