FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  東京都法林寺館 ~ 多摩川と秋川の水運を把握

東京都法林寺館 ~ 多摩川と秋川の水運を把握

 みなさん、こんにちは。

 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成21年5月2日、休日出勤でしたが、早めに上がれたので・・・

 ホームページ「城訪人」さんの情報をもとに法林寺館へ行ってきました。

 

IMG_1928.jpg

  法林寺館は、東京都あきる野市二の宮にあります。JR拝島駅から西へ伸びる都道7号線で多摩川を渡ると、すぐ、この様な表示が左側に現れます。

 

 

IMG_1929.jpg

          都道の表示から10メートルほどで法林寺に行き当たります。

 

 この地は、多摩川と秋川の合流地点に位置する為、古くから水運を把握する重要地点でした。

 

IMG_1930.jpg

   高さ1メートルほどの土塁が現存しています。往時は手前に堀があったことでしょう。

 

 室町期から戦国初期にかけて、武蔵の国守護代を勤めた大石氏がこの地域に勢力を振るいました。

 

IMG_1936.jpg

           何と! 土塁には明確な「折り」がつけられています。

 

        これは、この館が戦国初期に改修を受けたことを物語っています。

 

IMG_1931.jpg

             境内へ進みます。あの先は秋川の断崖です。

 

     断崖を隔てた秋川の対岸には、戦国初期の大石氏の居城「高月城」があります。

IMG_1932.jpg

        断崖の下を洗う秋川です。写真の左側の先に高月城があります。

 

 私的妄想です・・・ 室町期、多摩川と秋川の合流地点を押さえる法林寺館は、大石氏の重要拠点でしたが、戦乱が激しくなると崖端の平城では、防御が心細くなり、高月城を構築した。

 一方、法林館も支城として改修した・・・

 

hourinnji.jpg

 イメージ図を作成しました。地形と、図右側「げんぞんぶ」以外は全て妄想です。

 

 一応、地割りは参考にさせて頂いておりますが・・・

 

IMG_1934.jpg

            図左側の土塁と妄想する土の盛り上がりです。

 

 有名な太田道灌の書状に、「大石駿河守の立てこもる二の宮城にせまり、長尾景春(反乱軍)に味方しないように説得したところ速やかに応じた」との記録があります。

 

IMG_1939.jpg

                  南側の秋川から見た法林寺館です。

 

 あきる野市教育委員会の冊子によりますと、二の宮城の存在は、確認できていないとのことです。

 

 しかし、あきる野市二ノ宮地域で存在が確認されている城跡は、この法林寺館のみですので、

     

 大田道灌が訪れた二の宮城が、この法林寺館ではないか? 

 

 ・・・などと、妄想を楽しんでしまいました。

 

 「城訪人」オーナー史進さん。有り難うございました。

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

スポンサーサイト



Comment
Re: なるほど
リュウ様 御来訪ありがとうございます。

 関東管領上杉憲正個人の愚かさなのか、体制の陳腐化なのか・・・
 優秀な武将が多く、優秀な築城術も持ち合わせていたのに・・・

 おっしゃる通り北条が偉かったと思うしか無いですね。

 この周辺の城は年末年始に再訪してレポートする予定です。
なるほど
関東管領には箕輪の長野に、かの道灌様に三田氏にと、それぞれ優秀な配下がいたんですね。他が一族で争う中、結束してこれらを取り込みながら支配を固めて行った北条もすごい!高月城が見れないのが残念!
Re: 興味深い
リュウ様 御来訪ありがとうございます。

 この遺構は大石氏によるものであると推察されます。

 所沢滝の城の大石氏時代と思われる部分にも土塁の折りが見られます。

 大石氏は高度な築城技術を持っていたと思われます。
興味深い
土塁の折り 生でみてみたい!日野にいるときに気づけば良かった!
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード