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昌渓院付城 ~ 緩い駐屯地

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年10月4日、お城仲間のMさんと昌渓院付城に行って参りました。
 静岡県伊豆の国市南條にあります。

 豊臣軍が、韮山城を攻囲した際構築した、付城(陣城)群のうちのひとつです。

 上山田付城から尾根を南西に下っていきます。

 下り切る手前の藪が特に濃密です。

IMG_8072.jpg
 「A」郭です。

IMG_8074.jpg
 「三郭」から、「二郭」の塁壁を見上げました。

渓昌院
 地形に沿って削平地を設けただけで、導入路も不明確です。

 「駐屯出来さえすればいい」と言った感の緩さです。

IMG_8076.jpg
 「二郭」です。

IMG_8079.jpg
 「本郭」です。

 何故か、敵のいる方向とは反対側に土塁が盛ってあります。

*ここの守備を任されていたのは、生駒親正であるとされています。

 生駒親正は、尾張の土豪で、織田信長の美濃侵攻の際、秀吉の配下となりました。

IMG_8081.jpg
 「C」から「B」を見上げました。

*生駒親正は、金ヶ崎の戦い、長篠の戦い、石山本願寺攻め、雑賀攻め、山崎の戦い、賤ヶ岳の戦い、北条征伐、朝鮮遠征などに従軍しました。

 歴戦のツワモノですね。

IMG_8085.jpg
 「E」の保塁です。

*生駒親正は、歴戦の恩賞として讃岐17万石を与えられました。

 歴戦の勇士が、緩い普請しかしなかったということは、ここでの豊臣勢と北条勢の兵力差が圧倒的であったことを物語っていると思われます。

 もしくは、目前の北条の保塁「金谷東遺構」が、早期に放棄され、北条の圧力が無くなったことも想定されますね。

IMG_8087.jpg
 下ってきた尾根の先端です。

 上絵山田付城と併せての縦走・・・

 3時間も藪と格闘し、無事下界に戻ってこれた時にはホッとしました。

IMG_8089.jpg
 西からの遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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