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篠ノ井赤沢城(1) ~ 上杉景勝追加普請

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成26年11月2日、信濃国人衆らんまるさんと、いびすさんのご案内で赤沢城へ行って参りました。お城仲間のMさんも一緒です。


 らんまるさんは「らんまる攻城戦記」のオーナー、でいびすさんは「長野県の歴史を探し求めて」のオーナーです。

 赤沢城は、長野県長野市篠ノ井塩崎にあります。

 赤沢城は、赤沢氏の拠点として、塩崎城、小坂城とともに室町期には存在していたと推定されています。

赤沢アク
 安土桃山時代には、上杉景勝が稲荷山城を築城しました。

 その際、赤沢城は、稲荷山城の詰城としての役割を与えられ、追加普請されたものと思われます。

 赤沢城から南東へ伸びる尾根が、稲荷山城の城域に接していることをご確認ください。

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 尾根の先端近くに「篠山遊歩道案内」看板があり・・・

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 看板には、「赤沢城跡」の存在が掲示されています。

070_201412160944290e5.jpg
 この様に、整備された遊歩道があり、安心です。

073_20141216094545509.jpg
 尾根筋に出ると、この表示があります。

 赤沢城跡は左ですが、右へ数分寄り道してみましょう。

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 稲荷山城のあった、稲荷山地区の街並みを見下ろすことができます。

 さて、尾根筋を北西に登っていくと・・・

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 「F」の塁壁がお出迎えです。

赤沢城
 らんまるさんから頂いた図面から起こしました。

 初期の赤沢城は、北側の尾根筋が大手であったのだと思われます。

 上杉景勝による、稲荷山城築城にともない、稲荷山城の城域と接する、南東(D、E、F)の尾根が大手となったと推察されます。(らんまるさんがブログでそう記述されていました)

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 「F」に登ると、「E」の塁壁が見えます。

 あまり、塁壁が高くありませんね。

079_201412161128135aa.jpg
 「E」の南部分には、小さな土段があります。

 櫓台にしては狭いですね。

 残存土塁でしょうか? 

 日当たりが良いので耕作による破壊を受けた可能性もありますね。

 「赤沢城第2話・竪掘多用」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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