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小坂城(1) ~ 堀切内保塁

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年11月2日、信濃国人衆らんまるさんと、でいびすさんのご案内で小坂城へ行って参りました。お城仲間のMさんも一緒です。
 らんまるさんは「らんまる攻城戦記」のオーナー、でいびすさんは「長野県の歴史を探し求めて」のオーナーです。

赤沢アク
 小坂城は、長野県千曲市大字桑原にあります。

 龍洞院からの登り道もあるそうですが、この日は龍洞院西方の林道からアクセスしました。

IMG_8536.jpg
 林道をクネクネと登ると、右への分岐があり、この看板が設置されています。

 分岐の手前に車を停め、この、右への分岐を登ります。

 道は1分ほどで下りに変じ・・・

IMG_8538.jpg
 下り切ったところで沢を渡り、今度は谷底を登っていきます。

*現地解説版によりますと・・・

 建武の頃(室町初期)塩崎城の赤沢氏が、土豪桑原氏を家老とし、小坂城を守らせたとあります。


小坂城
 らんまるさんから、頂戴した図面からおこしました。

 登って行った谷は、上の方で、堀切9とつながっています。

 堀切9を隔てて、北側と南側の隔絶性が高い縄張りです。

 南側は駐屯できる郭を段々に配しているのに対し、北側は尾根をひたすら掘り切っているだけで兵士の駐屯はあまり考えられていないようです。

IMG_8543.jpg
 堀切9から竪掘へと下るあたりに、「石積み」があり、その上が小保塁となっています。

 竪堀を登って来る攻城兵へ攻撃を仕掛ける為の拠点であると思われます。

IMG_8545.jpg
 掘り切り内保塁に立ち、南側を見上げました。

 堀切内保塁が攻城兵に制圧された際、堀切内保塁にいる攻城兵を槍で突ける位置に「B」の腰郭の先端があります。

IMG_8546.jpg
 「B」へ登っていく、でいびすさんです。

IMG_8548.jpg
 「B」にたどり着きました。

IMG_8549.jpg
 「B」の腰郭は、南側へ細長く続いています。

 「小坂城第2話・石積み郭群」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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Comment
Re: お邪魔します
Butch様 御来訪ありがとうございます。

 私も、深い連続堀切は小坂山を守るものであった可能性を考えました。
 小坂山を敵に取られたら、小坂城も赤沢城も無力化してしまいますので・・・
 ところが深い連続堀切を現地で観察すると、小坂城側の削り方が急になって
いて、あくまでも小坂城を守るためであることを知りました。
 小坂山は広すぎて守りにくいから、敵も小坂山に駐屯し続けることはないで
あろうといった読みでしょうか?
お邪魔します
こんにちは、この城には10年ほど前 本州に来た頃 訪れたのですが、らんまる様がブログでも書かれている様に難解な城でした、それまでの縄張りの見方が混乱した記憶があります。近年に縄張り図を見るまでは小坂山頂部が主郭だと思っていました(何も遺構がなかった記憶が・・・)
何故に小坂山側にあんな防御を施す事になったのか?五遁様の解釈が楽しみです! 奥多摩の檜原城とかも山頂側に多重堀切がありますよね~
それでは お身体にお気おつけ下さい、またお邪魔します、失礼いたします。
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