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尾沢渡城(1) ~ 南北朝期築城か?

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年11月12日、尾沢渡城に行って参りました。
 静岡県静岡市葵区尾沢渡にあります。

s尾沢渡アク
 静岡市街から、国道362号を北西に進みます。

 「尾沢渡バス停」を過ぎた右側の路肩が広くなっており(Pの付近)、車を停めさせていただきました。

IMG_8611.jpg
 バス停です。判りやすい目印ですね。

 このバス停を背に西側を見ると・・・・

IMG_8612.jpg
 川の向こうに尾沢渡集落があり、その背後の山が尾沢渡城です。

 私は始め、民家を避けて背後の尾根筋へ、道なき道を登りましたが・・・

 民家と民家の間に安全な道がありましたので、その道を紹介いたします。

 白い矢印の道です。

 それと・・・

 橋を渡ると、右側から猛犬が飛び出してきて、吠えつかれますので・・・

 心の準備を・・・ 一応、鎖でつながれているのですが・・・・


IMG_8654.jpg
 民家があって、洗濯物を干していらっしゃるので、進むのは勇気がいるのですが・・・

 ここから、尾沢渡城まで道が続いています。

IMG_8653.jpg
 民家の脇を抜けた場所です。

IMG_8652.jpg
 大分登ってきました。初めに渡った橋が見えます。

 ここまできたら、遺構までもう少しです。

尾沢渡城
 「静岡県の城跡」掲載の図面と、自らのスケッチから起こしました。

 この城に関する記録は無く、築城の時期については推察するしかありません。

 本郭から図の手前側は、先に紹介した「萩多和城」と酷似しています。

 城の中心部と、末端との間に、緩斜面をはさんでいるのが同じです。

 本郭への通路が、右から左へ斜めに登っていく点も同じです。

 このことから、尾沢渡城の創始は、萩多和城と同じ時期、同じ勢力であると推察します。

 つまり、南北朝期の築城ではないでしょうか?

IMG_8633.jpg
 道を登っていくと「D」にたどり着くのですが、本レポートでは攻城兵が尾根筋を攻め上がる視点で、遺構を紹介して参ります。

 まず、四郭と三郭です。

IMG_8634.jpg
 三郭の上には、緩斜面が続いています。
 
 「尾沢渡城第2話・3連堀切」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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Comment
Re: 近所のおばあさんに教えてもらった道
こっきぃ様 御来訪ありがとうございます。

 お久しぶりです。

 右側にも道があったのですか?

 そちらの方が、城の先端から順に踏査出来て良いですね。

 私は猛犬にビビって、そちら方面へは進めませんでした・・・

 尾沢渡城の魅力をどれだけ伝えることが出来るか・・・

 何しろ藪だらけだったもので・・・

 印象に残ったのは萩多和城と酷似した東側と、鋭い西側のギャップですね。

 では、善きお城ライフを!
近所のおばあさんに教えてもらった道
精力的に巡っていらっしゃいますね。

尾沢渡城への道ですが、上から2枚目の写真、右手の茶畑を登っていく道もあります。橋を渡ってすぐ右に曲がり、(犬にほえられながら)砂利道をすすむと茶畑にたどり着きます。ここからモノラックに沿って登ると、城の東側に通じます。

# 尾沢渡城の魅力。続編を楽しみにしています。
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