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金仙寺城 ~ 石積張り出し土塁

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年10月29日、金仙寺城に行って参りました。

金仙寺アク
 埼玉県秩父市下影森にあります。

 西武秩父駅から徒歩での訪問も可能な距離ですね。

IMG_8436.jpg
 まずは、金仙寺を目指します。お寺には参拝者用の広い駐車場がありますのでお借りしました。

IMG_8437.jpg
 お寺に向かって右側に畑があり、その奥に竹林があります。

 竹林には、見事な石積張り出し土塁が待っているはずです。

 10数年ぶりの訪問です。行ってみましょう!

IMG_8438.jpg
 オオ! 本郭の小口が登場です。

 でも、前来た時より、荒れている感じですね。堀に木が置いてあるし・・・

金仙寺城
 自らのスケッチから起こしました。

 「A」から「B」にかけて、近世の破壊が見られます。

 堀が埋められ、土塁が崩され、土橋状になっています。

 図は、破壊前を想像して作成しました。

IMG_8440.jpg
 ナント! この城最大の見どころ「石積張り出し土塁」の張り出し部分が、竹の切りくずで覆われてしまっています。

 前に来た時には、見ることが出来ていたのに

 お城マニアにとっては垂涎の遺構も、地主さんにとっては価値が理解できないのでしょうね。

 サミシイですね・・・

IMG_8447.jpg
 二郭の小口です。

*この城に関する記録はありません。

 記録が無い城は、急造され、短期で使用されなくなった城であるケースが多いようです。

IMG_8445_20141105103129950.jpg
 二郭の土塁に登りました。

*戦国末期、武田信玄の駿河侵攻を受け、秩父を支配下に置く北条氏は、信玄と対立しました。

 信玄は、秩父の北側の神流川流域を確保すると、北西秩父へ侵攻しました。

IMG_8446.jpg
 二郭に入りました。

 背後が荒川の断崖であることが感じ取れます。

*現在の小鹿野町は信玄の領国と化し、武田勢は秩父中を放火してまわりました。

 「信玄焼き」です。

IMG_8449.jpg
 本郭の、二郭よりには、井戸もしくは、雨水溜めと思われる窪みがありました。

*金仙寺城は、その頃に北条の在地勢力が防衛のために築いたのではないかと推察する先人がいらっしゃいます。

 信玄と北条はその後まもなく和解し、信玄は北条に秩父を返却しています。

 金仙寺城は、その時点で戦略的価値を失い、使用されなくなったのではないでしょうか。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「埼玉の城」
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