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旗ヶ城 ~ 日本初レポート

 みなさん、こんにちは。


 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年10月19日、お城仲間のMさんと、旗ヶ城に行って参りました。
 群馬県 多野郡神流町 大字相原にあります。

 「群馬県中世城館跡」に縄張り図が掲載されていますが、ネット上に情報は無く・・・

 このレポートが、旗ヶ城の日本初レポートとなると思います。


 歴史、城主等不明の城です。

旗ヶ城アク
 縄張り図の等高線と、この場所の等高線が一致するのでこの場所で間違いないはずです。

 東側の尾根筋に取り付き、1時間数十分かけて登ったのに、何と!

 たどり着いてみると、西側の尾根筋に自動車道があり、下車1分であることがわかりました・・・

 Mさん、申し訳ありませんでした・・・

IMG_8298.jpg
 しかも、城の中心部とおぼしき場所に送電線の鉄塔が・・・・

IMG_8300.jpg
 やはり、送電線の鉄塔の設置により、地形ごと改変されているようです。

 心が折れそうになりながら、僅かな痕跡を求めて、徘徊を続けます・・・

IMG_8306.jpg
 ありました! 堀切です!

IMG_8303.jpg
 堀切のアップです。

 草で判りにくいので、白線でイメージを付加しました。

旗ヶ城
 堀切から竪掘が下っているのですが、藪で良い写真が撮れませんでした。

IMG_8308.jpg
 一応、Aの場所に行ってみましたが、郭と呼べるほどの広さは無く、北面と東面が削り取られているようです。

 縄張り図では、この先にも郭が続いているのですが・・・

IMG_8310.jpg
 同行のMさんが、Gの場所に人の手が加わっているのではないかと・・・

 確かに自然地形っぽくないですね。

IMG_8313.jpg
 また、Fの場所は塁壁っぽく見えます。

IMG_8314.jpg
 その北側には段々が・・・

IMG_8315.jpg
 段々は延々と続いていました。

 段々のラインはかなり長いです。

 辺境の土豪がこのラインへ守備兵を充分に配置できる可能性は低いので、城郭遺構ではなく段々畑の跡かもしれませんね。

 IMG_8318.jpg
 北西からの、旗ヶ城の遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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