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出城山城(3) ~ 釣りの餌

 出城山城の最終話です。

IMG_7683.jpg
 「A」郭に突き当たると、今度は「A」郭の脇を通過する過程で、側面攻撃を受けることになります。

IMG_7684.jpg
 「A」郭です。きちんと削平されています。

出城山城
 「A」から尾根沿いに登っていと、「B」からの攻撃にさらされます。

IMG_7686.jpg
 「B」です。通路にもなっていて横に伸びています。

*さて、戸倉城の笠原政尭が武田勢に屈服して、その配下となったことは第一話に紹介しました。

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 「B」を過ぎると、今度は、尾根筋の直線を、主郭からの正面攻撃にさらされながら登らなくてはなりません。

*北条記によりますと・・・

 笠原政尭は、武田の加勢を得、大平新城を攻め落とさんと、南へ進軍しました。

(武田への臣従が上辺だけで無いことを態度で示してもらおうかと、脅されて、武田の戦目付同行のもと、戦に駆り立てられたと解釈すべきでしょうか?)


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 主郭です。登ってくる東側に小口は無く、石垣で固めれています。

 南側に迂回を強いています。

*北条氏光は出城山城で迎撃しましたが、武田勢(大半は笠原勢か)に押されて、大平新城へ退却をすることとなりました。

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 南側で「横入り」で、主郭につながっています。

*敗走する北条氏光は、大平新城の手前で、一転、攻勢に転じ、武田勢を討ち負かせたとされます。

 しかし、敗走する兵だけで形勢を逆転できるわけはありません。


IMG_7691.jpg
 主郭には、三嶽神社が鎮座しています。

*北条氏光は、あらかじめ、大平城新周辺に伏兵を忍ばせておいて・・・

 出城山城でわざと敗走し、武田勢を伏兵の待つ場所へおびき寄せる・・・

 「釣り野伏せり」の戦法を採用したのだと思われます。

 出城山城は「釣りの餌」であったことになります。


IMG_7694.jpg
 主郭の背後は削平されていませんが、北側に「えぐれ」が見られるなど、防御性が高いため、城域にはいっていると思われます。

*その後、武田家は衰退し、滅亡したため、出城山城の存在意義は無くなり、捨て置かれたのだと思われます。

IMG_7693.jpg
 更に登っていくと土塁があり、背後はダラダラと下り、尾根が狭まっていっているようでした。

 この先にも遺構があったかもしれませんが、藪に阻まれて断念しました。

IMG_8011.jpg
 「北条氏の伊豆最重要拠点韮山城」から見た出城山城の遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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Comment
雨天で残念ですね。
Butch様 御来訪ありがとうございます。

 本日は雨で残念でしたね。
 沼津アルプスなら鷲頭砦でしょうか?
 私は見上げて俊険さにビビってしまいました。
 Butch様ならスイスイなのでしょうね。

 勝頼さんはこの時期、伊豆と北関東で北条の領国に攻勢をしかけていて
それなりの戦果もあったようですが、国を疲弊させる副作用もあったのか
も知れませんね。

 織田・徳川連合に押されているときに反対方向へ兵を出すのは頓珍漢な
戦略と捉える人もいますが、北条が上野・伊豆を割譲して勝頼へひれ伏し
ていたら、勝頼は、織田・徳川連合へ充分対抗出来ていたでしょうから、
それに懸けていたのかもしれませんね。

 それでは読書タイムを満喫してくだされ・・・
ヤーグマイ(家籠り)しています。
こんにちは、本日は沼津アルプス辺りを徘徊の予定でしたが残念です。

自分は神社境内の堀状はゴミ穴か~とスルーしました(苦笑) この様なの時々城麓の神社等で見かけますよね。

戦国末期に武田VS北条が半径数キロ内で局地戦を展開していたのは面白いですね、武田の戦略は?伊豆制圧?金山?? この時期の北条は滅亡も有りうる かなり危機的情況だったようですね。

本日は家に籠り借りてきた「笛吹川」(変な着色が・・・) 「新書 忍びの者」(二俣城のトンネル堀)でも観賞して時間潰しします(笑)
それでは失礼いたします。
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