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出城山城(1) ~ 武田迎撃最前線

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年9月13日、出城山城に行って参りました。

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 静岡県沼津市大平にあります。

*戦国末期、武田勝頼と北条氏政は敵対関係となりました。

 1580年、沼津沖で武田水軍と北条水軍の舟戦があり、武田水軍が優勢でした。

 武田軍は、北条の上香貫手城山を攻略すると、烏帽子岳城を構築して、戸倉城を圧迫したと推定されます。

 圧迫に耐えかねた戸倉城の笠原政尭は、武田に寝返りました。

 北条氏は、伊豆の本拠「韮山城」を防衛するため、「大平新城」を構築しました。


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 大平新城近くから眺めた、武田勢力圏方面です。

*大平新城と戸倉城の中間に小山があります。

 この小山に前線基地を構築し、武田勢来襲時に、武田勢を一定時間拘束し、その間に大平新城の守りを固めようと意図し、出城山城が構築されたと思われます。


出城配置
 東側に狩野川が流れています。この地点での狩野川は深く、徒歩での渡河は全く不可能です。

 東側から敵が来襲する心配はありません。

 「静岡県の城跡」には、出城山は東保塁と西保塁からなるとする図面が掲載されています。

 北側にある小川を第一の防御ラインとし、第二の防御ラインを「東保塁」と「西保塁」を結ぶ線とし、戸倉城から街道を南下する武田勢を拘束しようという防御構想です。

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 第一の防御ラインの小川です。

 成人の平均身長が150センチに満たない戦国時代では充分な防御力を持っていたことでしょう。

IMG_7664.jpg
 このアングルでは狩野川の深さをご覧いただけないのですが、東保塁との位置関係を御理解いただければと思います。

IMG_7665.jpg
 北側から見た東保塁の全体像です。

 アングルを更に西へ向けると・・・

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 東保塁と西保塁が連携すれば、街道を封鎖しやすいことが視認できます。

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 東保塁にはこの様に切り立った場所が多く、さほど手をかけずとも、高い防御性が確保できたと思われます。

 東保塁の周囲を見て回りましたが、崖、大藪、民家に囲まれており、踏査はできませんでした。

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 南東方向から撮影した西保塁です。

 西保塁は踏査できましたので、イメージ図つきで、縄張り解説をさせて頂きます。

 「出城山城第2話・北条氏光配置」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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Comment
Re: 何処も藪でございますなあー
らんまる様 御来訪ありがとうございます。

 過分にお誉め頂き恐縮です。
 昨日もMさんと伊豆のヤブ城に登り、途中で・・・
 「私たち、何でこんなところで、藪をかき分けているんでしょうね?」
 「このまま遭難しても、誰にも知られないままですよね・・・」
 などとボヤキまくっていましたが、帰りの車中では
 「楽しかったですね!」と笑いあっていました。
 伊豆は武田VS北条の城もありますし、豊臣軍の付城も豊富で
楽しめる地域です。魚は美味いし、温泉も豊富。
 らんまるさんにもお勧めです。
何処も藪でございますなあー
相変わらず藪にもお構いなしで突撃していく精神力と行動力には脱帽ですね。
甲相対決は版図拡大の野心に燃える信玄の優勢といったところでしょうか。いつかまとめて休みを取り、のんびりと史跡を巡り往時に思いを馳せてみたいと思います(笑)
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