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九戸城(2) ~ 6万の再仕置軍

 九戸城の第2話です。

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 今度は二の丸の南西方面に来ました。

 塁壁は垂直に切り立ち、高さは10メートルほどありそうです。

*豊臣秀吉は、一度仕置を済ませた奥州が乱れたことに怒り、再仕置の軍を編成しました。

 その面子は、豊臣秀次、徳川家康、伊達政宗、上杉景勝、蒲生氏郷、浅野長政、堀尾吉晴、最上義光、秋田実季、津軽為信等、ソウソウタル布陣でした。

 総勢は10万に及んだということですが、最近の研究では10万は誇張であり、実際は6万程度であったのではないかと推察されています。


九戸城

*1591年7月3日、再仕軍は葛西・大崎一揆の籠る佐沼城を攻め落とし、なで斬り(皆殺し)としました。

 豊臣秀吉は、「たとえ田畑を耕す者がいなくなっても構わぬ。逆らうものは根絶やしにせよ!」と厳命していたのでした。


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 南小口への土橋上から、「堀い」を撮影しました。

*あまりの大軍の来襲に、一揆は次々と鎮圧されていきましたが、九戸政実とその与党はその矛を収めようとしませんでした。

 また、鎮圧された地域を逃れて、最後の抵抗場所九戸城へ入城する人たちが後を絶ちませんでした。


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 二の丸に入りました。

 堀越しに本丸が見えます。

*9月2日、再仕置軍は九戸城を囲みました。

 籠城の軍勢は5千であったとされています。

 さて、三戸信直は、石川高信の子であること、石川高信は津軽為信に攻め殺されたことを前話で紹介させて頂きました。


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 今度は、東側から本丸方向を撮影しました。

 次は堀に迫っていきます。

*九戸城攻囲には、秀吉の命で津軽為信が加わっています。

 三戸信直は、親の敵と同陣することとなったのでした。

 三戸信直としては、この機会に親の仇を討ちたかったでしょうが、それをしてしまっては天下人秀吉に背いたことになるため、自重するしかありませんでした。


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 「F」の堀です。

*津軽為信にしても、複雑な心境だったことでしょう。

 自分が自立して、大名となれたのも、九戸政実の支援があればこそ・・・

 その御人へ引導を渡さねばならぬとは・・・


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 今度は「E」の堀です。

 「九戸城第3話・九戸勢の奮戦」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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