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大給城(6) ~ 屈曲通路連続小口

 大給城の第6話です。

IMG_7119_201408171437159d1.jpg
 第6話では、攻城側のメインの攻め口であろう東側の尾根筋の防御構造についてレポートします。

大給城
 「A」と「B」の間の小口を抜けると、通路は右へ屈曲し、「B」と「C」の間の小口へ入る前に、もう一度右へ屈曲します。

IMG_7124.jpg
 小口を抜けて、振り返りました。

 挟まれ、登らされ、曲げられ・・・通路ですね。

IMG_7122.jpg
 「B」と「C」の間の小口へ入る為に、更に屈曲させられる写真です。

IMG_7123.jpg
 小口を正面から・・・

IMG_7127.jpg
 小口を抜けて、三郭の中から、振り返りました。

IMG_7126.jpg
 三郭に入り、二郭方向を撮影しました。

 二郭方向へ進むと、「C」からの側面攻撃、二郭からの正面攻撃にさらされることが見て取れます。

 本当に優れた縄張りですね。

 「大給城第7話・下り登り曲がる」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「愛知の城」
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Comment
Re: お邪魔いたします。
Butch様 御来訪ありがとうございます。

 また、お返事が遅くなり申し訳ありませんでした。
 昨日は早朝から深夜まで仕事でしたもので・・・今日もこれから出勤です・・
 仕事があって有り難い、ありがたい・・・

 さて、大給城の水の手ですが、いろいろな捉え方ができますよね。
 雨の多い時期は溜め池状態にしておいて、土に水を含ませておいて、冬の渇水期
に溜め池が干上がってしまっても、井戸からは水が汲めるように設計されていたの
かな?などとも思ったりします。
 長い石垣区切りの、中央部が欠けているのは、オーバーフローではないかと私も
感じました。

 岩津、安祥、岡崎の縄張りはおっしゃる通り、馬出し的郭の配置と屈曲通路が類
似していますね。
 武田家が丸馬出を採用する以前ですから、丸馬出のルーツは三河にあったのか?
 ・・・と思いました。

 さて、御嶽山の噴火で多くの方が負傷されていること、方法論は違えど山を愛す
る者の一人として心が痛みます。早く救助されて快癒へ向かうといいですね。
お邪魔いたします。
こんにちは、水の手谷部の考察楽しませていただきました。
自分は、訪城の際 防御を兼ねた遺構との見かたができず、異様な印象を持ちました、N部に湧水点があり雨水も含め満水すると石塁上部からオーバー フロー し下部も貯水槽だったのだと想像しました、北面に設けられているので衛生面も問題なかったのかな~と、同行者は「後世の隠しワサビ田だ!(笑)」と言ってました。
現在は堆積物が多く旧状がはっきりしないので、是非発掘してほしいですね。

石垣の城の描き方は難しいですね!
岡崎城の石垣を描かない図はとても面白かったです、岩津、安城と似ているな~と

それでは失礼いたします。
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