HOME   »  中世城郭  »  岡崎城(4) ~ 松平竹千代誕生

岡崎城(4) ~ 松平竹千代誕生

 岡崎城の第4話です。

IMG_7211.jpg

 「二の丸」の「B」から、「A」へ至る土橋を横から撮影しました。

 私は土の城派なので、この様な堀を見るとほっとします。

岡崎城
 初期の岡崎城は「C」から南の範囲であったと推察いたします。

*さて、松平広忠は岡崎城へ復帰した翌年(1541年)お嫁さんをもらいました。

 刈谷城水野氏の娘:於大です。


松平氏城郭アク
 ここで岡崎城と刈谷城の位置関係を・・・・

*両家の同盟は、織田家に対抗する上で重要であったと思われます。

 於大の方がなかなか懐妊しないため、広忠が於大の方を連れて 「鳳来寺」 へ参拝し、懐妊祈願をしたという伝説が残っています。

IMG_7216.jpg
 公園内に設置されたモニュメントです。

*「鳳来寺」の仏効でしょうか?

 1543年1月31日、待望の長男が生まれました。松平竹千代(後の徳川家康)です。


IMG_7212.jpg
 今度は、土橋を正面から撮影しました。

*その後、水野家の家督を相続した於大の兄は、松平家との同盟を破棄し、織田方へ寝返りました。

 於大の方は離縁され、刈谷城へ戻されました。

 竹千代は、僅か3歳で生みの母と別れなばなりませんでした。


IMG_7214.jpg
 土橋上から西側を撮影しました。

 「C」が張り出て、土橋へ横矢をかけることができるようになっています。

*竹千代の苦難は更に続きます。

 今川家への忠誠を示すために、6歳のときに、父とも離れ、人質として駿府へ送られることとなりました。


IMG_7213.jpg
 土橋上から東側を撮影しました。

 この石垣上に狙撃手がずらりと並んでいたら、土橋を渡るのを躊躇してしまいますね。

 「岡崎城第5話・今川家城代支配」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「愛知の城」
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード