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岩津城(2) ~ 直角屈曲土橋

 岩津城の第2話です。

IMG_7167.jpg
 岩津城への登り道「E」です。

 竪堀の堀底道となっています。

岩津城
 本郭と二郭部分は先人の図面から起こしました。

 二郭の南西方向に、二郭と標高が同じ平地があり、その周辺が急に落ち込んでいることを、宅地徘徊にて確認しました。

 三郭があった可能性を感じ、地形図を参考に「三郭?」を描き込んでみました。

IMG_7177.jpg
 二郭のまわりをぐるりと堀がまわっています。

*松平家が岩津城を手に入れたのは、1420年代であると推定されています。

IMG_7175.jpg
 二郭の土塁には「B」のへこみがあり、伏兵出撃路兼撤退路であったと考えられます。

*松平氏はさらなる領土拡大に燃え、1471年、安祥城を手に入れました。

IMG_7176.jpg
 攻城兵が「B」へ進入しようとすると・・・

 土塁が張り出していて、横矢攻撃を仕掛けることができるようになっています。

 芸が細かいですね! 気に入りました!

*やがて松平宗家の城は安祥城となり、岩津城は安祥城の支城となりました。

IMG_7169.jpg
 「三郭?」から、「二郭」へかけて、屈曲土橋が伸びています。

 直角に曲がっていますね。

 攻城兵が一列で進むところを、二郭からの射撃で打ち取ろうという魂胆ですね。

IMG_7170.jpg
 屈曲土橋の曲がり角から二郭の「A」方向を撮影しました。

 二郭の土塁により、通路が狭められており、その部分に門が設置されていたと推察いたします。

 「岩津城第3話・北条早雲来襲」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「愛知の城」
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Comment
Re: 日本でもデンゲって・・・:-(
Butch様 御来訪ありがとうございます。

 岩津城は私もノーマークで半信半疑でした。

 松平氏の居城の変遷を順番に追っていこうというだけで、遺構に対する予備知識
を持たずに訪問したので、中心部の遺構の技巧性と残存度には正直戸惑いました。

 訪問しやすいのに、あまり知られていない城がまだまだあるんだなと・・・

 さて、でんぐ熱の報道は他人事ではありませんね。

 一部には、都心での反政府集会を開催させぬための欺瞞だあるとか・・・

 日本に対してもっと凶悪な感染攻撃が行われることを予想しての、予行演習であ
るとか様々な捉え方があるようですが・・・

 もし、でんぐ熱の蚊が関東の山城たちに幅広くお住まいになられるようだと・・・

 私の生きがいである土の城探索への大きな障害となります・・・

 同病の皆様にとっても、一大事です。

 対策が早期に建てられることを願望してやみません。

 文末ながら、奥様の御快癒をお祈り申し上げます。
日本でもデンゲって・・・:-(
こんにちは、岩津城は ノー マークでした、やはり鳥瞰図は良いですね!

日本でもデンゲ って・・・憂鬱になってしまいます、藪=蚊 我々は人一倍 蚊に噛まれますからね~
自分は過去マラリア、デンゲ、?fever それぞれ服数回 感染しました、マラリアはマジでヤバかったです、後遺症も残りました :-(
7月にも妻から「マラリアになった死ぬ・・・」と連絡がありました(デンゲでした 、疲れる・・・)
騒ぎすぎと言う方もいらっしゃいますが・・・いやいや 自分は蚊が一番恐い生物です。生態系変化・ヴィルスの変体・・・のおそれもあるのですが、とにかく化学の力で地球上から蚊を抹殺して欲しいです!
将来 日本も "城跡に行く際はマラリア予防薬の服用を! 水堀埋め立てプロジェクト " なんて事にならない事を願います。
それではまたお邪魔させて頂きます 失礼いたします。

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