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干沢城(2) ~ 諏訪総領家との内訌

 干沢城の第2話です。

*室町時代、諏訪家は祭祀をつかさどる「大祝家」と、政治をつかさどる「総領家」とに分裂し、相互に対立することとなりました。

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 写真は「大祝家」干沢城近くから撮影した「総領家」上原城です。こんな近くでいがみ合っていたのですね。

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 五郭から見た、四郭の塁壁です。

*大祝継満は、諏訪の全権を手に入れたいと願いました。

 そして、神に仕え祭祀をつかさどる身でありながら、神をも恐れぬ謀略を企てたのでした。

干沢城
*1483年大祝継満は、総領家政満へこう呼びかけたのでした。

  両家の間にはいろいろとありましたが、これからは協力し合い、、諏訪家を盛りたてていきましょう。

  協力の証に、私の家で宴会をしましょう。


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 四郭です。北方向を撮影しました。

*大祝継満は、居館の前宮へ、総領政満親子と親族衆を招くと、宴会でもてなしました。

 ところが酒もまわってきたころ、大祝家の軍勢が前宮を取り囲み、総領家の人々をコトゴトク殺害してしまったのでした。

 前宮神殿の変と呼ばれています。


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 三郭です。奥に二郭が見えます。

*大祝継満は、総領家の領地を横領しました。諏訪最大の勢力となれば周囲の豪族も靡くと思ったのですが・・・

 騙し打ちというやり方に怒った周囲の豪族から反感をかってしまったのでした。


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*総領家の残党と周囲の豪族たちは、ひきょう者大祝継満へ天誅を加えようと攻めよせました。

 大祝継満は、ここ干沢城に籠りましたが、支えきれずに高遠へ落ち延びました。


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 三郭と二郭を隔てる堀です。

*その後、殺害された総領政満の次男、頼満が大祝家を継ぎ、総領家と大祝家は一体となったのでした。

 「干沢城第3話・武田勢包囲」へ続く・・・

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