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楽山園 ~ 織田信雄築庭

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年4月29日、楽山園に行って参りました。

楽山アク

 群馬県甘楽郡甘楽町大字小幡648-2にあります。

  織田信長の次男、織田信雄がこの地を与えられ、小幡陣屋を構え、 陣屋の隣地に楽山園を築庭したということです。

  国指定の名勝にとなっています。

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 小幡陣屋から楽山園への入り口です。

 論語に「智者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」という言葉があり、そこから名をとったということです。

 織田信雄は、自らが智者ではないことを自覚し、せめて仁者たりたいと願ったのでしょうか。

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 楽山園に入りました。池泉回遊式の借景庭園であるということです。

 つまり、池のまわりをめぐり、周辺の山景色も庭園の風情に取り込みながら楽しむ様式であるということですね。

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 小山の上の茶室も風情がありますね。茶室の中に入ることができるんですよ。

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 茶室から撮影した池です。 左奥の建物は「凌雲亭」です。

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 「凌雲亭」 では、お抹茶と干菓子を頂くことができます。


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 茶室からはとなりの、小幡陣屋も眺めることができます。

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 小幡陣屋の北東に隣接して、有力家臣の武家屋敷があります。

 現在も居住なさっている方がいらして、ご迷惑をおかけしない範囲での、見学が可能となっています。

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 勘定奉行をされていた、高橋さんのお宅だそうです。

 庭園が良く旧状をとどめているということです。

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 解説版です。

 右下の写真は「ふちかけの石」と呼ばれているそうです。

 小幡藩の家臣が、石材を手配した際に石をひとつくすねてしまった為に解雇されてしまったそうです。

 つまり「扶持」=給料が無くなった、「欠け」てしまったので、「扶持欠けの石」⇒「ふちかけの石」と呼ばれているそうです。

 藩主が戒めのために、この庭へ据えさせたということです。

 この石を眺めて暮らした歴代の勘定奉行さんたちは、一円たりともごまかすまいと、日々心に誓ったのでしょうか?

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 楽山園の風景でお別れです。

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