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田渡城(4) ~ 折りつき比高二重土塁

 田渡城の最終回です。

 前回は、東小口周辺をレポートしましたが、今回は北から西にけかてレポートします。

IMG_6229.jpg
 下の図のRのあたりです。

 本郭の塁壁に沿って、堀と土塁がぐるっとめぐっています。

田渡城北
 藪の中のスケッチでしたので、正確性に欠けると思います。

 イメージだけ感じ取って頂ければ幸いです。

 北小口へ至る道も、KとNで屈曲しています。

IMG_6230.jpg
 北小口を見上げました。

IMG_6231.jpg
 北小口から、北側を見下ろしました。

IMG_6232.jpg
 Gの道を見下ろしました。延々と続いているようでしたが、日没が近かったので、下っての踏査はいたしませんでした。

IMG_6233.jpg
 Iの郭です。結構まとまった空間です。

 Gから登ってきた攻城兵へ、横矢攻撃を仕掛ける為の兵溜まりではないでしょうか?

IMG_6234.jpg
 Gから登ってきた攻城兵が、Lからの頭上攻撃と、Iからの横矢攻撃にさらされながら、左へ方向転換を強いられ、Kで更に右へ方向転換を強いられることが視認できる写真です。

IMG_6235.jpg
 Kを過ぎると、Nで更に方向転換を強いられます。

 屈曲マニアですね。

IMG_6236.jpg
 Nの西側は一段高くなっており、Nは枡形的空間となっています。

田渡城南西
 今度は西方向へ移動します。

 QとPの地点で土塁は折りがつけられており、本郭と土塁と併せて、折り付き比高二重土塁となっています。

IMG_6238.jpg
 Qから本郭と「え」の方向を撮影しました。ほぼ直角に屈曲し、折りがつけられているのが見て取れます。

IMG_6237.jpg
 PからQ方向を撮影しました。

IMG_6203_2014051411452700c.jpg
 西側からの遠景でお別れです。

 こだわりの屈曲通路が良好に残存していますので、縄張りオタクの皆様にお勧めです!

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「茨城の城」
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Comment
お力になれず残念です。
名無し様 お返事ありがとうございます。

 あまりお力になれず、残念です。
 今後の研究が進まれることを願っております。
そうでしたか…祠はもう跡形も無くなってしまったのでしょうね。
人の手が加えられてしまっている箇所もあるのですね。少し残念です…

ご貴重な情報をありがとうございました。あまり行くことができないのでとても参考になりました。
Re: 質問
名無し様 御来訪ありがとうございます。

 西二郭の祠は、申し訳ありませんが記憶に有りません。
 東小口の先には進みませんでした。
 帰りは「い」から下りました。
 道は中腹まで下り、中腹からは北へ向けて、進むことになり、最終的には登ってきた道に合流しました。
 北へ進む過程で、人の手が加えられた地形が散見されましたが、日没に追われ、暗かったので、スケッチしませんでした。
 あまり、お役に立てないようで申し訳ありません。
 いつか重力な情報に巡り合えることをお祈り申し上げております。
質問
こんにちは。
私の先祖は田渡城の城主でした。
それゆえ個人的にこのお城の情報を集めています。興味深い記事を見つけたので、ちょっとお邪魔しました。お伺いしたいことが2つほどあるのですがよろしいでしょうか?
西二郭に小さな社がありませんでしたか?私が訪れた時にはもう崩れていたのですが、お狐様が片方だけ地面に横たわっていました。記事では触れられていないようなので、少し心配です。
「東小口」と「い」の先にはどこに通じているかご存知でしょうか?
私は潜入することができなかったため、その先がわかりません。

拙い文章ですみません。
差し支えなければ、答えられる範囲で良いのでお願いします。
Re: 貴重なレポートですね、スゴい!
Butch様 ご来訪ありがとうございます。

 Butchも行かれていましたか。おっしゃる通り、藪に倒木で、遺構の確認は難しいですね。
 スケッチはできなかったのですが、登り降りの際、中腹の遺構にさらりと触れましたが、中腹の横堀の意図は私にも読めませんでした。鉄砲の時代であれば、おっしゃる通り塹壕の可能性もありますね。
 地元の方に伺ったところ原発事故の影響で地元の方はもう山には入らないようにしているとのことで、今後も整備される見込みはなさそうです。残念ですね。
貴重なレポートですね、スゴい!
こんにちは、一昨年の秋に訪れたのですが、藪&倒木に戦意喪失、堀なのか?帯曲輪?道?なのか縄張りの把握が出来ず撤退しました。
中腹を横堀が半周しているとの事ですが守城側にどんな利点があったのか?パッと見 帯状塹壕陣地状で堀中に銃兵を配するのが一番有効と思うのですが、中世遺構ですし・・・

横堀と一様に表記されていても山城の場合遮断目的の大規模な物から広く浅い武者溜まり状、帯曲輪・通路状、塹壕陣地状、排水路状etc. 往時どのように機能したのか?興味がつきません、この辺の研究は未だかなりアバウトですよね。
それでは今後も貴重なレポート楽しみにしています、失礼いたします。

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