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図解新府城(7) ~ 大手井戸

 新府城の第7話です。

DSCF2792.jpg
 馬出から更に城の中心部に向かうには、土橋を進まなくてはなりません。

DSCF2789.jpg
 土橋を横から見るとこんな感じです。

新府城大手
 Nの先には、OとQの小口が用意されていますが、Nから井戸の右側をまわれば、難なくパス出来てしまうように見受けられるのが不思議です。

DSCF2794.jpg
 こんな感じです。このあたりが「造りかけ」だったのでは?とされる所以ですね。

DSCF2795.jpg
 何とも微妙な感じですね。

DSCF2799_20140501170256306.jpg
 Qから井戸への小口っぽいところです。

 もしかしたら、Nへの土橋は後世のもので、往時は無かったのかもしれませんね。

 そう考えるとNから井戸にかけてのあいまいさが理解できます。

 往時は馬出から、Pへの木橋だけであったと考えればつじつまが合います。

DSCF2802.jpg
 井戸に出ました。

DSCF2801.jpg
 上端の直径が32メートルもあるそうです。

 地表から4メートル掘っても、底に達しなかったということです。

 往時はとてつもない深さだったのでしょう。

 「新府城第8話・二郭」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「山梨の城」
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Comment
Re: 面白いですね~
Butch様 御来訪ありがとうございます。

 私は昨日の土曜日夕方から酒を飲み、8時には寝てしまい、本日、日曜日0時に目が覚め、どういうわけか目がランランとなってしまったので、諏訪上原城のレポートを作成し始め、先ほど全6話の下書きを終了しました。現在4時ですが、このまま朝を迎えそうです。
 さて、外国の軍事関係者とお友達なのですね。スゴイ!
 軍事的に見るとやはり南側がフロントゲートですか?
 16世紀の要塞がこれほど複雑なのには、どの現代人も皆、驚嘆するしか無いですよね。
 それでは、越後の城のお絵かきでも始めます。

 またの御来訪をお待ちしております。
面白いですね~
こんにちは、この城はツッコミたい所が満載でしたので今回のツボを押さえた詳細レポートには感謝感激しています。
昨晩 ここの縄張りについて元combat engineer の友人と飲みながら話していたら周りの兵隊達も興味を示し非常に盛り上がりました、現状の縄張り図では全員が南馬出しを front gateだと言いましたが南北どちらの敵に対しているかは意見が別れました、そこで出構え(皆砲台と言いましたが)に架橋し馬出しを加え北大地にキャンプ地・外郭堀を書くと全員が oh fantastic!f××k'in cool! でした(あれ?何か箕輪城の縄張りに似てきました・・・)
16世紀に造られたと説明すると大変驚かれました。
お酒が残っていて、とりとめの無い内容になり申し訳ありませんでした、それでは失礼いたします 。

Re: 徳川さん
丸馬出様 御来訪ありがとうございます。

 この土橋はあと付けだと思いますので、徳川さんの
線もあるやもしれませんね。
 木橋をかけ直すより、容易だったでしょうね。
 今週末はずっと雨のようなので、越後の城のお絵かき
をして過ごしたいと思います。
徳川さん
天正壬午の乱のときには、橋が焼け落ちていたと
思われますので、土橋は徳川さんが作ったという
推理はどうでしょう?

意外といい線ついているかなと思うのですが(笑
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