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山入城(3) ~土橋と屈曲通路

 山入城の第3話です。

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 馬出を背に、土橋を撮影しました。あら

*1490年、佐竹第14代義治が亡くなると、山入第七代義藤はこれを好機と兵を挙げました。

 江戸氏、長倉氏、宇留野氏、天神林氏がこれに呼応したからたまりません。


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 土橋の上から東側を撮影しました。

 堀があり、その先が急激に落ち込んでいます。

*佐竹第十五代義舜(よしきよ)は、太田城を保つことができなくなり、母の実家大山氏を頼って、逃げ落ちました。

 山入義藤はついに、佐竹の中心に立ったのでした。


山入城
 攻城兵は、まず馬出を制圧しないといけませんが、先のレポートで紹介した「挟撃登り道」を突破するのはかなり難しいことでしょう。

 どうにか、馬出を制圧しても、その先は一人ずつしか進めない土橋で、正面頭上「う」からの攻撃にさらされます。

*太田城にはいった2年後、山入義藤は病死してしまいました。

 跡目を継いだのは、山入第八代氏義でした。この代替わりの混乱に乗じようとしたのが、佐竹15代義舜(よしきよ)の嫁の実家「岩城氏」でした。


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 土橋を過ぎると、通路は右へ曲がって「う」に巻きつくように登っていきます。

*岩城氏は大軍を率いて海岸線を南下し、佐竹の城を次々と落として、圧力を加えると、佐竹家老で山入寄りとなっていた江戸氏と小野崎氏へ縁組を持ちかけました。

 ムチと飴の交渉に両家は応じ、佐竹宗家義舜(よしきよ)派となることに同意しました。


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 登ってきました。

*岩城氏は、ついで山入氏義にも呼びかけました。

 「両家老がこっちについちゃったから、山入さんの勢力は半減だよ。このまま岩城家と両家老と佐竹宗家が山入を攻めたらどうなるかな? 

 やばいことになるよね。そうなる前に和睦しちゃおうか? そうしよう!

 娘婿の佐竹義舜(よしきよ)君を太田城に帰してくれるだけでいいからさ。べつに人質を取ろうなんて言わないよ。」


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 「う」の郭です。

*山入氏義は和睦に応じましたが、岩城氏が兵を戻すと、不穏な態度を示し、佐竹義舜(よしきよ)が太田城へ帰ることはできませんでした。

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 「う」の先端に立ち、馬出を撮影しました。通路の屈曲を線で示しました。

 「山入城第4話・百年の乱終結」へ続く・・・

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