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山梨県新府城② ~ 鉄砲による防御

新府城の続きです。

IMG_1226.jpg

         北西の水堀を経て、枡形を通過すると本丸への道があります。

 

              この道が、斜度の低いだらだら登りなのです。

 

sinpu1 -2

        一般的には、削平地と、急峻な切岸を取り合わせて、防御を固めます。

 

   切岸の角度が鋭い、切岸の比高が高いことが、防御性の高さを示すと言われています。

 

 

sinpu2-2.jpg

       ところが、新府城では、切岸とは呼べぬ、緩い斜面が延々と続いています。

 

 造りかけなのか? でも、私の敬愛する真田昌幸公が縄張りを設定したのだから、何か意味があるはず!

 

 

sinpu1 -

 新府城築城は、長篠の戦いの後です。長篠の戦いは、鉄砲の大量使用により、織田軍が勝利したとされています。長篠の敗戦を受けた武田勢が、鉄砲対策をせぬわけがありません。

 

 きっと、急ぎ大量の鉄砲を入手したことでしょう。

 

 上の図をご覧下さい。よくあるパターンの城構えでは、一発の鉄砲で敵兵を倒せる確立が高くはありません。

 

 

sinpu2-1.jpg

 ところが、どうでしょう? 新府城の緩斜面では、一発の射撃で、敵兵への命中率が高くなっています。

 兵器の変化と共に、城構えも変化するということでしょう。

 

 

IMG_1231.jpg

               本丸の手前には伏兵郭があります。

 

    織田軍の来襲を受けた、武田勝頼・・・・

    身内の造反が相次ぎ・・・

    この伏兵郭に配置する兵も確保できなかったのです・・・

 

IMG_1229.jpg

           本丸、北西の土塁を登る、お城仲間のMさんです。

 

 防御には最低、5千は欲しい新府城ですが、集まった兵は1千であったと甲陽軍艦に記されています。

 

 

IMG_1234.jpg

 本丸には、新府城が完成してから、勝頼が城を焼いて撤退するまで、僅か68日間と記されています。武田ファンにとっては切なすぎます。

IMG_1237.jpg

 本丸には、イメージ図が展示されています。

 私の解釈では、図の左上の進入路が大手でありまして、先述の図も左上からの城構えを記しました。

 

 当時の作法では、その地の支配権を敵方に譲り、自らはその配下に甘んじる場合、城を焼かずに、敵方を城とその屋敷に迎え入れます。

 

 一方、城は放棄しますが、この地の支配権を譲ったわけではありませんよ・・・ ゲリラ戦でも何でもして城は、返してもらいますからね! ・・・という場合は、城と屋敷を焼き払って撤退します。

 

 新府城の撤退の仕方は後者だったのですが・・・・

 

 次回へ続く・・・

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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