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図解滝山城(22) ~ 本丸

 滝山城の最終話です。長々とお付き合いいただきありがとうございました。

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 「B」に降り立ちました。

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 「B」から「C」を見下ろしました。

滝山城本丸北西郭群
 この区画は「二の丸」周辺と縄張り思想や構造が大きく異なっているように思われます。

 原初滝山城の遺構が色濃く残されている部分なのかもしれません。

*豊臣秀吉が徳川家康を屈服させたのが1586年。北条氏照が本拠を滝山城から八王子城へ移したのが、翌1587年であると考えられています。

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 「出丸」と「本丸」を隔てる堀です。この向こうにも遺構があるのですが、今回は気力の限界でパスさせて頂きました。

*滝山城は、破却された痕跡がありませんので、氏照が八王子城に移った後も、それなりに使用されていたと推定されています。

IMG_3605.jpg
 「B」から「本丸」の「西小口」を見上げました。

 「本丸」への通路にしては、狭く、単純な作りです。

*1590年に、豊臣秀吉が北条倒滅の兵を関東へ発した際、豊臣勢が攻め落とした城の記録に滝山城は無く、その時点では放棄されていたと推定されます。

IMG_3578.jpg
 「本丸」に入り、「西小口」を振り返りました。枡形もありません。

*北条氏は没落し、北条氏照は切腹を命じられます。

 北条の旧領に入った徳川家康とその家臣が滝山城を使用した記録は無く、廃城となったことでしょう。


滝山城本丸
 攻城兵を最後に引き受けるのは「本丸南」であり、「本丸」は付属空間という考え方だったのでしょう。

*滝山城が往時の遺構を完璧に近い形で今に残すことが出来たのは、氏照が本拠を八王子城に移していたからでしょう。

 IMG_3576.jpg
 「本丸南」を背に撮影した「本丸」の全景です。先端に出ると多摩川の流れを遠望できます。

*馬出し、屈曲、横矢等、重層的に配置された、関東の誇る名城です。また、大石期と北条期の縄張りの差を比較できるのも面白いです。

 土の城マニアの方で未だ訪問されていない方は、是非、お立ち寄りください。

 主要部分は良く整備されており、解説版も多いので、快適に遺構を見学できます。


IMG_3668.jpg
 多摩川方面からの、滝山城の遠望でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東京の城」
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