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図解滝山城(4) ~ 小宮郭横堀

 滝山城の第4話です。

滝山城全体
 小宮郭の西側には長大な横堀が配置されています。

 このレポートでは大手道の脇から、小宮郭の横堀を北側に進みます。

IMG_3622.jpg
 大手道から横堀へ入ったところです。整備されていて有り難いですね。

*さて、滝山城の創始に関する明確な資料はありませんが、室町期武蔵守護としてこの地に威を張った大石氏によるものではないかと推察されています。

滝山城小宮郭
 小宮郭だけを西側から見たイメージ図です。

 上の写真は「あ」の場所です。

IMG_3623.jpg
 角を曲がりました。肉眼では奥の方まで、壮大な堀を視認出来たのですが、写真ではこうなってしまいますね。

*大石氏の頃の滝山城は現在の本丸周辺程度の規模であったと考えられています。


IMG_3624.jpg
 掘りはクネクネしながら続いています。ここは「い」の場所です。

*1560年に上杉謙信が関東を席巻した際に攻められた城の中に滝山城の名は無く、その時点ではさほど重要視されていなかったようです。

IMG_3625.jpg
 ここは「う」の場所です。右側、小宮郭の塁壁「え」が、奥で中央へ向けてせり出しています。

 あそこに伏兵出撃路があります。

*上杉謙信は撤退しましたが、再度、来襲する可能性はありました。

 北条家は上杉謙信の来襲に備える重要拠点として、北条家ナンバー2北条氏照に滝山城を大拡張させたのではないかと推察されます。


IMG_3628_20140201125348974.jpg
 伏兵出撃路となる「登り土橋」から、小宮郭「え」を見上げました。

*北条家は本拠小田原と上野を結ぶ山沿いの街道を重要視していました。

 滝山城のすぐ西にはその山沿いの街道が通っています。

 そして、山沿いの街道が多摩川をクロスする場所を監視できる位置にもありました。


IMG_3631.jpg
 小宮郭に入りました。小宮郭の内部には遮断遺構は無く、敵の侵入を許したら、戦線を縮小する予定だったのでしょう。

 「滝山城第5話・三の丸」へ続く・・・

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