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大平古城(2) ~ 今川が籠城

 大平古城の最終話です。

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 「四郭」にはいりました。

大平古城
 「四郭」から「三郭」にかけては「A」の「枡形」が配置され、この城のハイライトです。

*1569年、今川氏真は掛川城を開き、妻の実家北条家を頼りました。

 北条家は、大平の地に今川氏真を迎え入れました。


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 「三郭」の塁壁に圧迫される狭い空間に、石塁で枡形を形成しています。

*武田信玄は駿河侵攻の際、それを妨害した北条家へ報復するため、関東へ侵攻し、三増峠の戦いで北条軍を撃破します。

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 石塁のアップです。

*武田信玄は、御殿場の深沢城を落城させるなど、攻勢を強め、伊豆韮山城にも攻めよせたということです。

 その際、今川氏真に付き添って伊豆に来ていた、三浦左京進元政が大平に籠城したとの記録が残っているそうです。


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 「A」の「枡形」に入りました。屈曲侵入路て停滞する攻城兵へ正面と右上から攻撃する構造が見て取れます。

*1571年、隠居しつつも実権を握っていた北条氏康が死ぬと、北条家は武田信玄との和睦に踏み切りました。

 今川氏真は、北条家の庇護を受けることが難しくなり、徳川家康をたよりました。


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 「三郭」に入りました。「二郭」からの射撃の制圧下となっています。

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 「二郭」の小口から見下ろした・・・ 三郭からの道です。

 「三郭」からは登りになっている。手前に来るに従って狭くなってきている。「二郭」へ入る直前に屈曲していることを感じ取っていただければ幸いです。

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 「二郭」の北側の土塁の上に立ちました。

 「三郭」の北側を・・・小口があるのでは?と思って進むと、道が無くなり、立ち往生しているところを「二郭」の土塁上からの攻撃にさらされる、騙し構造ですね。なかなか技巧的です。

 「本郭」の写真は藪で見栄えがしなかったので、大平古城のレポートはこれで終了です。

 縄張りオタクにお薦めです。大平新城とセットで訪問されてはいかがでしょうか。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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