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烏帽子岳城(4) ~ 中城は別時代か?

 烏帽子岳城の最終話です。

烏帽子岳上城西
 上城の図面左下は沢になっており、そこから登る道があったようです。

IMG_3790.jpg
 その道を押さえる位置に「G」の石垣があります。

 周辺をもっと詳しく踏査しようかとも思ったのですが、この時点で藪との戦いによる顔面負傷で流血していましたので、気力が萎え、次へ進むことといたしました。

IMG_3794.jpg
 「中城」へ入りました。本郭です。

 どういうわけか「中城」で撮影した写真はすべてこの様な状態です。

烏帽子岳中城
 「中城」のイメージ図です。単純な構造です。明らかに「上城」と構築時期が違うように感じました。

 かなり、古い感じです。室町期の烽火台といった風情です。

IMG_3797.jpg
 烽火用と思われる穴です。

 背後の守りはあまり考えられていません。

 妄想を述べさせていただくと、武田勢が上城を構築する過程で、北条は中城を放棄さざるを得なかった。

 武田は中城を接収し、戸倉城へさらなる圧迫を加える為に下城を構築したのではないでしょうか。

IMG_3799.jpg
 段郭から見上げた「本郭」の塁壁です。

 申し訳ありません。変な写真ばかりです・・・

IMG_3800.jpg
 段郭の一部には、石による土留めがなされている場所もありました。

 この下に「下城」があったようなのですが、疲労困憊の私は別方向から下山してしまい。「下城」とめぐり合うことはできませんでした。

IMG_3725.jpg
 東側の戸倉城のふもとから見上げた、烏帽子岳城でお別れです。

 こうやって見てみると、「物見?」が城域に入ってしかるべきだと、改めて感じます。

 戸倉城を威圧する効果は十分ですね。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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