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烏帽子岳城(1) ~ 謎の連続遺構群

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成26年1月18日、烏帽子岳城に行って参りました。
 静岡県駿東郡清水町徳倉にあります。

 お城仲間のMさんがお持ちの資料に掲載されていましたので訪問しました。

 この城の踏査レポートは当方が初であるようです。

北伊豆
 戦国後期、武田と北条が対立した際の勢力圏の境界にあるため、武田築城説、北条築城説があり、また、武田滅亡後武田の領地を手にした徳川氏が築城したのではとの見方もあります。

手城・烏帽子
 大変ラフな遺構分布図です。当初、登り口を東側に求めましたが、ヤブだらけで断念し、西側「城門?」と記した場所から登りました。

IMG_3760.jpg
 登り口には看板があるので安心です。道も「物見?」まではあります。

烏帽子岳城物見
 お城仲間のMさんがお持ちの資料では、頂上を城域に加えていません。城域は「上城」からとしています。

 しかしながら、「上城」からは、南と、西(駿河湾方面)の展望が効かないこと。頂上部を敵に占拠されると「上城」部は無力化してしまうこと、頂上部には腰郭があることから、私的見解として、「物見」として紹介させて頂きます。

IMG_3771_201401221629280e8.jpg
 勝手に「西郭」と名付けた場所です。細長い平坦地が10メートルほど続いていました。

IMG_3772.jpg
 「本郭」に入りました。私には削平されているように見えます。

IMG_3773.jpg
 「本郭」の東端です。

IMG_3775.jpg
 北西方面には「腰郭」があります。写真では良くわかりませんが、兵士が20名ほど寝泊まりできそうなスペースがありました。

IMG_3776.jpg
 木々の切れ目から「戸倉城」が見えました。この光景を目にした時、私の脳では妄想がぐるぐるとめぐりだしました。

 上香貫手城山で北条兵を敗走させた武田勢は、余勢をかって「物見?」を占拠した。

 そして、次のターゲットを「戸倉城」へ定め、「戸倉城」へ向かって、尾根筋を下るように順次普請して行ったのではないのか?

 じわじわと武田の拠点が迫ってくる・・・ 下城と「戸倉城」の距離は僅か200メートル・・・

 もう駄目だと臆する戸倉城主へ、武田が調略を仕掛け、内応させたのではないか?!


 「烏帽子岳城第二話・横矢がかり土橋」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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