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愛知県長篠の戦い「織田信長本陣」② ~ 徹底したリスク管理

織田信長本陣の続きです。

 

 

IMG_2514.jpg

 

          明らかに切岸と思われる地形が・・・ 

 

 織田信長は、決戦までの僅かな時間の中、配下へ本陣の築城をさせていたことになります。

 

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         見おろすと段々になっているのがわかります。

 

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 本郭です。信長は、ここに仮の屋敷を立てて、寝泊りしていたのでしょうか?

 

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決戦場から、離れた山上に本陣を置きながら、更に本格的な築城を施す・・・

 

この徹底したリスク管理が、信長の真骨頂なのでしょう・・・

 

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               本郭、北側の小口です。

 

 信長は、武田の奇襲部隊が北側の山上から攻め寄せる可能性を考慮して、この小口を作らせたのではないかと・・・

 

IMG_2524.jpg

 

    更に北側へ下っていくと、堀切を兼用した小口がありました。

 

  信長が、何事にも手を抜かない武将だったことが伝わってきます・・・

 

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      設楽原の織田軍の陣地方向から、信長本陣を見ました。

 

 低湿地をはさんで、なかなかの距離があります。高見の見物といった感じです。

 

 決戦が始まり、武田軍が馬防柵を越えることが出来ないことを確認し、武田軍の戦力が消耗していくのを確認してから・・・

 

 織田信長は、前線へ移動したとの事です。

 

 徹底したリスク管理・・・

 

 もし、初戦で武田軍が馬防柵を突破して、織田軍が崩れていたら・・・

 

 彼は、この地から脇目も振らず退却していたことでしょう・・・

 

 家康も、秀吉も捨てて・・・

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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Comment
Re: 武田ファン
りゅう様 ご来訪有り難うございます。

 逸見氏は、甲斐から秩父へ移ったのですね。それで鉢形城に逸見郭があるのですね。はじめて知りました。勉強になりました。
武田ファン
五遁さんもでしたか!私もです。そして一族であった逸見氏の逸見神社、谷戸城の存在と歴史を最近知り、是非訪れたいと思っております! 逸見は信虎に追われて秩父に土着しつつ、やがて氏邦に仕え、今では採石で崩された鉢形城の支城高松城主を務めたとか。
城郭第系東京の巻頭カラーなのでご存知ですよね…釈迦に説法ですみません。鉢形城の逸見廓を知った時には痺れました。今で言えば重要支店の営業所長でしょうか。。
鉢形レポートも最高でした!
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