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国峰城(8) ~ 頼りになる信玄

 国峰城の第8話です。

IMG_3262.jpg
 「西四郭」への登り口です。若干窪んで小口っぽくなっていますね。

*上杉謙信が越後へ帰国すると、武田信玄は2万ともいわれる大軍で上野へ侵攻しました。

 もちろん小幡憲重も同行しています。


国峯城山城西部
*信玄は国峰城を攻め落とすと、小幡憲重へ返却しました。頼りになる男ですね。

 小幡憲重の喜びはいかばかりであったでしょうか。


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 「西四郭」から、「堀切2」越しに「西三郭」を撮影しました。

*間もなく、箕輪城の長野業正は病死し、子の業盛が跡を継ぎました。

 業正は臨終の際、業盛へ「決して敵に降ってはならない。力尽きたならば、城を枕に討ち死にせよ」と遺言したといわれています。

 業盛は信玄の猛攻の前に衆寡敵せず、箕輪城にて自刃しました。遺言を守ったんですね。

 これにより西上野は武田家の領国となりました


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 「西三郭」です。中央に切れ目が入り、南側の腰郭からの小口となっています。

*小幡憲重は以降、武田軍団の一員として、各地を転戦することとなります。

 小幡の軍勢は鎧兜を赤色で統一し、しかも、戦闘力が高かったため「小幡の赤備え」と呼ばれ、恐れられたということです。


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 南側の腰郭です。

*武田勝頼の代に長篠の戦いが発生しました。武田軍団は大敗を喫してしまいました。

 最前線で戦った小幡衆の戦死率は驚くほどであったようです。


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 腰郭から「堀切1」を見上げました。

*当時、兵士は農業労働者でもありました。小幡氏の領地の田畑は耕す者がいなくなっていまい、荒れ果てたとする僧侶の記録が残っています。

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 「西三郭」から、「堀切1越しに「西二郭」を見上げました。ここを攻め登るのは容易ではありません。

*武田家が滅亡すると、小幡氏は織田家、北条家と主を変えました。

 その後、豊臣秀吉が台頭し、北条へ忍従を迫りました。

 北条は、一旦、忍従の体をとりました。しかし、家臣が名胡桃城を攻め落としてしまうという事件が発生しました。


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 「西二郭」に入りました。

*豊臣秀吉は、1590年、北条氏を滅ぼすと宣言し、20万ともいわれる大軍を小田原城へ差し向けました。

 小幡氏は、北条氏に出仕していましたので、当主は小田原城に入城し、国峰城にも籠城の兵を残しました。

 しかし、国峰城も小田原城も落城・・・

 北条氏の領地は、徳川家康に与えられました。


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 「本郭」です。

*小幡氏は国峰城主としての地位を失いました。しかし「小幡の赤備え」の評判は世間に知れ渡っていました。

 その家系や家臣たちは、徳川家家臣の、奥平氏や井伊氏に召抱えられ、士族として存続できた人たちが多かったそうです。


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 北側からの遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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Comment
Re: そうですよね 大変ですよね
リュウ様 御来訪ありがとうございます。

 氏邦様研究本を購入されたのですね。うらやましい限りです。

 私は城に行ったついでに歴史資料館に寄ったり、教育委員会に寄ったりします。
 △◇町史を閲覧させて頂き、コピーさせていただいたりします。
 でも、大変嫌な顔をされることがおおいです。
 チキンハートの私はそんな場合、コピーの枚数を自粛してあとで後悔します。
 閲覧とコピーをさせて下さらない場合は、買ってしまう場合もあります。
 その場合は、呑みに行く回数が減ります。
そうですよね 大変ですよね
図書館で町史をしらべたりされるんですか?普通の本屋ではまず目にされませんよね?昨年池袋に氏邦様の研究本を偶然見つけ、セナより早く買いに走りました!学研歴史群像シリーズよりもコアですし、いつも気になってました。
滝山にもいらしたんですね。日野におりました際はいつもそばを通りながら行けなかったので楽しみです!
Re: 楽しかった!
リュウ様 御来訪ありがとうございます。

 小幡氏は、山内上杉・武田・北条・武田・織田・北条と主を変えた為、不忠とソシル人もいますが、戦国期の境目の豪族はそうしないと生き残れなかったのですよね。真田氏もそうでした。
 何度主を変えようが、武略や勇猛さを示せば、評価されるということですね。

 写真をアップするだけならさして手間がかからないのですが、幾つもの資料を比較しながら、それなりのレポートにするのには、多くの時間を要しますので、時々、私はなにをしているのだろう?と、茫然としてしまう時があります。

 過分のおほめを頂き、今後のレポート作成の励みになります。

 今後もご覧いただけると幸いです。
楽しかった!
上野戦線にはこんなドラマがあったんですね!全く知りませんでした。長篠まで付き従い、散った戦士たちの労で子孫が取り立てられたなんて超武士の鏡!信廉に聞かせてやりたい。お家がなくなったというのは結果が全てという面で残念で仕方ありませんが、木曽家や小山田家の末路と比較しちゃいます。ちなみに木曽家の末路もここで知りました。勉強になるなあ✨
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