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小田原城(1) ~ 伊勢新九郎奪取

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成25年12月14日、お城仲間のMさんと小田原城址公園に行って参りました。
 神奈川県小田原市城内にあります。

小田原公園図
 公園の概略図です。配布されているパンフレットから拝借しました。

*小田原城は、北条五代の城として有名です。

 しかし、北条を名乗り始めたのは二代目の氏綱からです。

 初代は「北条早雲」と呼ばれることが多いのですが、当時は「伊勢新九郎」を名乗っていました。

 伊勢新九郎については、長年、誤った伝説が喧伝されていました。 


IMG_3103.jpg
 水堀越しに見た「南郭」です。

*伊勢新九郎は家柄も良くない無力な浪人でした。浪人仲間と「東国で一旗あげよう!」と伊豆に来て、伊豆を手に入れました。

 伊勢新九朗は、小田原城の大森氏を油断させるため、贈り物をするなどして親交を深めました。

 伊勢新九郎はある日「私の領国で狩りをしていたら、獲物がみんな箱根の山に逃げ登ってしまったんです。

 勢子を大森さんの領地の箱根に入れて、獲物を私の領地の伊豆に追い戻したいんですがいかがでしょう。」とお伺いをたてました。

 大森氏は「どうぞ遠慮なさらずに」と返事をしました。


IMG_3104.jpg
 「御茶屋曲輪」です。

*すると伊勢新九郎は、勢子を装った軍勢を箱根の山に入れ、小田原城を見下ろす場所で、夜松明を沢山焚き、軍勢にときの声をあげさせました。

 大森氏は、大軍に囲まれたと勘違いし、城を捨てて逃げてしまいました。

 伊勢新九郎は、軍勢を損なうことなく、小田原城を手に入れました。

 以上が、伊勢新九郎にかかる、誤った伝説です。


IMG_3105.jpg
 「馬屋曲輪」に入って、「銅門」(あかがねもん)を眺めています。

*その後、研究が進み、真実が次第に明らかになってきました。

 伊勢新九朗は、浪人ではなく、室町幕府の高級官僚でした。

 室町幕府から「室町将軍の弟と実母を殺害して伊豆堀越公方の地位を盗み取った茶々丸を成敗せよ」との命令を受け、ミッションを成し遂げ、伊豆を手に入れたのでした。


IMG_3107.jpg
 「馬屋曲輪」の解説版です。

*伊勢新九朗は、扇谷上杉氏と連携をとっていました。

 扇谷上杉氏は、山内上杉氏は対立していました。


IMG_3106.jpg
 「銅門」のアップです。

*小田原城の大森氏は、扇谷上杉陣営でしたが、山内上杉陣営へ寝返りました。

 そこで伊勢新九郎は、扇谷上杉の要請を受け、小田原城を攻め落としました。

 1495年のこととされています。


IMG_3108_20131227140926d87.jpg
 「銅門」越しに「常盤門」を見上げました。

 「小田原城第2話・謙信と信玄をはねのける」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「神奈川の城」
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Comment
Re: ほんとですか!
リュウ様 御来訪ありがとうございます。

 鶴川にお住まいだったのですね。
 町田から鶴川にかけては、意外にアップダウンが激しいんですよね。
 小野路城、沢山城が良いのですね。
 いつか行ってみたいと思います。
 行きたい城が多すぎて嬉しい悲鳴です。
ほんとですか!
10数年鶴川で過ごしましたよ〜町田には戦国手前の城が多く、小野路なんかは昔ながらの街並と里山のコラボでとても都内とは思えないとこでした。小野路城の存在が私をこの道に導いたと言えます。何と言っても沢山城が最高ですが。
五遁さんのいつかの町田レポートも期待?してます!
Re: ついに小田原へ?
リュウ様 御来訪ありがとうございます。

 リュウ様は町田に住んでいらした時代があるのですね。私は大学4年間、町田にて過ごしました。

 小田原城には、良く行かれたのですね。

 天守は遠くから見えることにより、町のシンボルとなる効果があるので、コンクリートでも何でも建てたくなるんでしょうね。忠実なる復元を求める市民はごく少数派でしょうから。

 私は土の城派ですので、これまで小田原城は敬遠していました。

 しかし、近年、立地の戦略的意味や、城と城の位置関係などにも興味が広がり、今回、訪問するに至りました。

 小田原城の総構えを全てまわると、1日がかりだそうですが、今回は時間の都合でさらりとまわってしまいました。

 さて、悪天の連続で城に行けず、雪かきの連続で腰が痛く・・・ 辛抱の週末です。
ついに小田原へ?
五遁さんこんばんは!町田に住んでたまだ何の歴史もわからない小さい頃は、海と言えば御幸の浜で、良く小田原城もいってました。当時は象やライオンが狭すぎて可哀想しか感じてませんでしたが、やはり今では北条の本拠ですし、胸が踊ります。
でもRCの天守の位置もいつの時代とも合ってない(確か…)し、イメージが近世過ぎて、信玄公の包囲当時は全く想像つきません。
続くレポート楽しみに拝見します〜
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