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細川忠興陣城(2) ~ 使寄りの攻防

 細川忠興陣城の最終話です。

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 湯本早雲寺側から見た陣城です。

*細川忠興は、秀吉の命令を喜んで受けました。

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 今度は城の東側に来ました。「七郭」です。

*細川忠興は兵を出し、土俵や竹把で使寄りを作りました。

 (使寄りは、敵の逆襲を防ぐための、臨時の防御ラインです。)


細川陣城
 「本郭」と「二郭」と「五郭」の高低差はありません。

 往時は堀がめぐっていたのが、今は埋められてしまっているのでしょうか。

*使寄りを作ったその夜、北条勢が夜襲を仕掛けてきました。

IMG_3048.jpg
 「六郭」の東側です。

*細川忠興の家臣が応戦し、北条勢の首を3つ取りました。

IMG_3049.jpg
 「六郭」南側の塁壁は見事に切り立っています。

*夜が明けると細川忠興は自ら兵を率いて塀際まで攻め、旗を立てました。

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 「六郭」から北側にまわった「本郭」の下の横堀っぽくなっている場所です。

*遠望していた秀吉は近衆に「あれは敵の旗か?」と問いました。

 近衆は「あれは細川殿の旗です。細川殿が自分で攻め、堀際に旗を置いたと聞き及んでいます。今夜あたり掘りを埋めることでしょう。」


IMG_3047_201312230604099ae.jpg
 「五郭」から「本郭」の土塁を撮影しました。

*秀吉は、微笑んで「この陣(小田原攻め)の中で、一番の使寄りである。」と誉めたたえたということです。

IMG_3043.jpg
 「本郭」と「二郭」はこのような藪となっておりました。

*程なく、細川忠興は砦を攻め落とし、自らの陣城として整備したようです。

 小田原北条氏が降伏すると、細川忠興は帰国し、陣城は放棄されたと推定されます。


IMG_3050.jpg
 陣城の入口、住宅街の切れ目から撮影した相模湾の風景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「神奈川の城」
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Comment
Re: これからもお互い武田・真田ファンとしてよろしくお願い致します。
室賀様 御来訪ありがとうございます。

 高津屋城に行かれましたか?

 私もブログを始める前に訪問しました。
 別荘地・・・ かなりさびれた・・・ 狭い道・・・
 なんとなく段差はあるものの、よくわからない・・・
 感じでした。○×は感じませんでした。

 ○×系として私が自信を持って推薦するのは、島崎城です。
 お城仲間の史進さんもやばいとおっしゃっていました・・・
 二度と行きたくないですね・・・
これからもお互い武田・真田ファンとしてよろしくお願い致します。
こんばんは!

武蔵の五遁様、これからもお互い武田・真田ファンとしてよろしくお願い致します。

さて、先月小諸市の高津屋城(小諸市乙字高津屋)に訪問しました。

いるとか、何か住んでいるとか色々なブログで書かれていましたが、私は何も感じませんでしたよ。

詳細です
・道はわかり易かったです。ただ、落ち葉が大量に道路に落ちていて、スリップが怖かったです。
・着いたら何と白い乗用車が止まっている。
怖ー。練炭自殺か?


下に



下に


もっと下に


サラリーマンの昼休みでした。コワー。平日正午過ぎ。
一通り見ました。私は何も感じませんでした。




自分の車に戻りました。

何とまだ、白い乗用車がいる。怖ー。



私の車のキーを回しました。

クシュン。

あれ?

クシュン。バッテリー上がり。


下に




下に



もっと下に




これは、私の車が軽バンのキャンカー仕様で、城巡り中も予備バッテリーを走行充電ONにしぱなっしでした。これで本体バッテリーが上がりました。

予備バッテリーを繋ぎエンジンかかりました。

下りも落ち葉でスリップが怖かったです。小諸郵便局前のホカ弁でのり弁280円を購入。


ということで何もなかったです(笑)


では。
Re: つくってみました
丸馬出様 御来訪ありがとうございます。

 ブログ開設おめでとうございます。早速、コメントを入れさせて頂きました。
 これからはブログ仲間として、喜びも苦しみも共有して、縄張りオタクの道を
共に突き進んでいけるといいですね。

 追伸、三沢小屋・・・ ご一緒を楽しみに・・・
Re: 丸馬出様初めまして
室賀様 御来訪ありがとうございます。

 私のサイトを通して、ご交流頂くのは大歓迎です。

 丸馬出様は、室賀様の御励ましが後押しとなり、ブログを開設されたようです。
 是非、ご訪問あれ!
つくってみました
ブログをつくってみました
よかったらコメントをお願いしますね
http://ypsilon-delta.cocolog-nifty.com/babamino/2014/01/post-f94a.html
丸馬出様初めまして
丸馬出様初めまして!武蔵の五遁様、横から失礼致します。

室賀峠出身の室賀です。先祖代々の墓は松代(真田信之公墓所近く)です。先祖は「上田原の戦い・砥石城の戦いでは村上義清方だったようです」
弱気な室賀信俊の血が入っているかもです(笑)

「武田氏の城限定ブログ」とは、私は大変興味があります。

私の全ての親戚は長野市(13世帯)ですが、武田信玄公や長野市の山城の話をふっても食いついて来ません(笑)「好きな人は好きだろうけど・・・」と言われます(笑)しかし、全員雨飾山(城)は知っています(笑)

全国的にも戦国好きの絶対数は少ないようで、「1日の戦国ブログの訪問数がこんなに少ないのか?」と驚きました。

私は、スキー(SAJ)の技術論ブログをやっていて、夏でも1日数百人(ビュー)は普通で、真冬に1日に1200人(ビュー)の訪問があった時は驚きました。

丸馬出様がブログを始めたら応援します。

今日も「平山優氏の川中島の戦い 下」を読みました。何回読んでも面白いです。

これからは「室賀 隆幸こと武田信玄公様の神信者」に改名予定です(笑)あと、真田3代も大好きです。真田幸隆も。

武蔵の五遁様、横から失礼致しました。では。


Re: 私も
丸馬出様 御来訪ありがとうございます。

 ブログを始められるかどうか悩んでいらっしゃるのですね。

 自分の日記だと思って、アクセス数を気にしない・・・と自分に言い聞かせて
開始されることをお勧めいたします。

 開始後しばらくは、ほとんど訪問者が無いことをご覚悟されるべきです。

 私も開始から1年ほどは、誰も訪問して頂けない日がホトンドでした。

 多くて2~3人でした。

 私の場合は、ブログアップの為にお絵かきをしていると、現地では気がつかなかった、縄張りの意図に気づかされるのが楽しみで、続けております。

 それと、最近は丸馬出様のようにお城の情報を下さる方がいらして、それも励みになっています。

 あくまでも、自分の日記を自分で見るのを楽しみに始められ、何年後かにアクセスが増えればもうけものぐらいで始められてはいかがでしょうか。

 私見を申し上げさせて頂きました。
私も
武田氏のお城に限定した
ブログをやってみようかと思うのですが
やったほうがいいでしょうか?
見てくれる人がいなかったら
寂しいと二の足を踏んでいるのですが
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