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尼巌城(4) ~ 海津城の守護神

 尼巌城の第4話です。

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 「C」から「B」への道は険しく、ロープを伝いながら登っていきます。

尼厳城東面
*1559年、武田信玄は、尼巌城眼下に海津城の築城を命じました。

 尼巌城は堅城ですが、大軍の駐屯は不可能であり、平地に大軍を駐屯させることができる拠点が必要だったのです。


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 らんまるさんが、「B」の下の段に着いたようです。

*海津城の選地が絶妙でした。尼巌城を背にし、千曲川を前面に置いています。

 千曲川越しに城攻めは出来ませんので、上杉軍が千曲川を渡ると、尼巌城に背後をさらすことになります。


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 「B」郭です。

*上杉軍は先に尼巌城を落とさなければなりませんが、尼巌城は峻嶮な上、尼巌城を攻める上杉勢の背後を海津城兵が突くことができます。

 尼巌城は、「海津城の守護神」的な役割を担っていたと思われます。


IMG_2901.jpg
 「A」から「本郭」方面を見上げました。

*1561年には、上杉謙信が大軍を率いてやってきましたが、尼巌城を背後に据える海津城へ攻めかかることはありませんでした。

 攻めかかることができなかったと解釈すべきでしょう。


IMG_2902.jpg
 「腰郭」から「本郭」を見上げました。

*武田信玄は上杉謙信を迎え撃ち、第四次川中島合戦が勃発しました。

 他の合戦では信濃先方衆の戦死者が出るのですが、この合戦では武田親族衆の戦死者が多く出ています。

 それ以外の詳細は不明です。


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 「本郭」の塁壁には、石積みが残っています。

*江戸時代に作成された小説「甲陽軍艦」に記されたようなことが無かったことだけは確かでしょう。

IMG_2904.jpg
 「腰郭」の北側です。ここから北側の尾根筋を見下ろすと・・・

*それ以降、この地では上杉と武田の大規模な軍事衝突は発生していません。

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 「堀切」があります。大分埋まってしまっていますが・・・

 「尼巌城第5話・森長可の支配」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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Comment
Re: 次は奇妙山ですね!?
Butch様 ご来訪ありがとうございます。

 城明け渡し交渉に関する妄想に言及頂きありがとうございます。
 戦国の人たちって、割と現実的だったんじゃないかと個人的には思っています。

 所沢根小屋城ですね! 20数年前は狭山湖を囲うフェンスが穴だらけで、釣り人が行き来していました。
 その頃、踏査しました。今は厳重なガードでもう踏査は不可能ですね。
 管理する東京水道局に署名嘆願をして、見学会をしてもらおうかと思いをはせています。

 上の山城は初めて知りました。勉強になります。いつか訪問したいと思います。
 Butch様もお絵かきをされるんですね。お仲間ですね。お絵描きは自分が楽しいからするので良いんだと思います。
 
 それでは善きお城ライフを!
次は奇妙山ですね!?
こんにちは、やはりキツそうですね!自分もいつの日にか達成感を味わいたいと思うのですが・・・現登録抹消です(笑)
新説落城秘話?はとても現実味がありますね!まともな指揮官同士なら然るべきですね。
五遁様は所沢にお住まいなのですね、根古屋城見学したいですね、何かあの部分にポッカリ穴が空いているようで・・・
日曜に旧津久井郡の上の山にいって来ました、以前は激藪のため戦意喪失でしたが近年地元の手が入っているようで見やすい状態でした、小技の効いた導入部(杉山城的)・スマートな縄張りと城郭遺構の乏しい神奈川県では出色の物件でした。 久々に自己満足できる鳥瞰図が描けました(笑)
それでは、これからの箱根城塞のレポートとても楽しみです、失礼いたします。
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