HOME   »  中世城郭  »  尼巌城(3) ~ 武田信玄催促の手紙

尼巌城(3) ~ 武田信玄催促の手紙

 尼巌城の第3話です。

IMG_2882.jpg
 延々と岩の断崖が続きます。

*尼巌城奪取を命じられた、真田幸隆は自らの兵を損じるのを極端に嫌う武将でした。

 武田系の資料で最も信頼性が高いとされる「高白斎記」には、(尼巌城攻囲5年前に)「真田幸隆が砥石の城を乗っ取った。」と記されています。「攻め落とした」ではありません。

 そんな真田幸隆は「自らの配下に、この断崖を登らせ、無理攻めをしよう」とは考えてはいなかったと思われます。

 「なんとか乗っ取ろう」と考えていたはずです。

尼厳城東面
 東側から見たイメージ図です。厳しい登りでへろへろになりスケッチをする気力が無かったので、先人の図面と地形図から起しました。

 登城路の矢印沿いの道を断崖沿いに進んで、「C」に至ろうとしているところです。

*真田幸隆は、尼巌城主東条信広か、その配下の武将と連絡を取り、丁度良い落とし所を探っていたことと思われます。

 川中島の西側を守る上杉&村上の拠点「葛山城」は未だ健在でしたので、東条信広も退却の名分が立たずに、意地を張っていたことでしょう。


IMG_2883_201312092115452fb.jpg
 イメージ図の「C」にさしかかろうとしています。

*夏になるとしびれを切らした武田信玄が、真田幸隆へ手紙を出しました。

「何をしておる、早く落とさんか!」

 真田幸隆は、武田家に仕えて間もない先方衆です。幸隆は思いました。

「これ以上時間をかけると、尼巌城攻めは他の武将に任命され、私は左遷されてしまうかもしれない」

IMG_2886.jpg
 「C」から一段下がった「D」の腰郭です。

*記録によると、真田幸隆はこののち尼巌城を落したとあります。

 しかし、城主の東条信広は越後へ逃れています。

 真田勢が東条勢**名を討ち取り、家臣の**の首級を挙げたとは記されていません。


IMG_2887.jpg
 防御用の石垣かと一瞬思いましたが、中央部分に石室があり、何らかの宗教施設であったようです。

*落城のいきさつを推察すると・・・

<真田幸隆>
「お互い戦死者無しで済ませたかったんですけど、上司からせっつかれちゃいまして・・
 私だったら穏便に済ませることが出来るんですけど、私が左遷されたら我攻め派の山県さんとかが来ちゃうかも知れせんよ。そうなったら皆殺しもあり得ますよ。」


<東条信広>
「それは俺も勘弁だよ。俺だって今は武田さんの勢いが強いことだって、いずれここを放棄しなきゃならないことだってわかってるさ。わかってるけど、越後へ落ちるには交通費とかさ、途中の宿泊費とかもかかるんだよね。」


<真田幸隆>
「それはそうですよ。わかります、わかります。その辺は私が用立てしますから。ご安心を! 勿論、城明け渡し協力料金も上乗せさせいてただきます。決して追撃などいたしませんから。」


<東条信広>
「それは有り難い! でもさ・・・ 俺が戦わずして城を明け渡したってバレたら、越後の謙信さんが俺を粗略に扱うんじゃないかと心配なんだよね。」


<真田幸隆>
「わかりました。明日城へ攻め登りますんで、激戦があった風に装って・・・

 そうですね、半日くらい鬨の声を掛け合って、旗指し物を行ったり来たりさせましょう。フモトから見れば激戦があったように見えますから・・ そうしましょう!」


<東条信広>
「すまないね。助かるよ。」


 といった、WIN,WINの交渉事があったのではないかと・・・(妄想ですのでお聞き捨て下さい)

IMG_2891.jpg
 「D」から見上げた「C」の塁壁です。

*川中島の東の要衝、尼巌城を奪取した武田軍団は、翌年には西の要衝葛山城をも奪取し、この地域での優位を確定的なものとしました。

IMG_2894.jpg
 「C」の郭は、北の方まで細長く続いています。

*尼巌城奪取に功を挙げた真田幸隆は、以後、群馬県吾妻方面の攻略にあたることとなります。

 「尼巌城第4話・海津城の守護神」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
スポンサーサイト
Comment
Re: 大笑い
丸馬出様 御来訪ありがとうございます。
 座布団三枚ありがとうございます! 10枚目指すぞ!

 ふなっしー大好きです。Tシャツ他いろいろとグッズを集めています。
 フナっしーは私と同じメタル大好きの「妖精」なんですね。
 情報有難うございます。
 ふなっしーのあの動作はヘッドバンキングなのかの知れませんね。
 そういえば最近「ヘドバン」という音楽雑誌ができて、私買ってます。

 バーン・・・ 懐かしいですね・・・
 丸馬出様もメタル派ですか?
 高校時代仲間とバンドでやりました。私はベースです。
 高校の学園祭で、パープル、杖ぺりん、レインボウを演奏したまでは
良かったのですが、イエスや、キング栗ムゾンを演奏したら、客がどん
どんと減っていったのが良い思い出です。
 最近は指先が柔らかくなってきてしまいましたが、酔っぱらうと時々
ベースを弾いて悦にいっています。

> 笑点並に笑わせていただきました。
> 座布団三枚です。
>
> そういえば、ふなっしーはパープルが好きらしいですね
> 私的にはBURRNが大好きです
大笑い
笑点並に笑わせていただきました。
座布団三枚です。

そういえば、ふなっしーはパープルが好きらしいですね
私的にはBURRNが大好きです
Re: 今年も
リュウ様 ご来訪ありがとうございます。

 業務開始お疲れ様です。
 元旦は武州滝山城で一日中スケッチしていました。清書が大変・・・
 五龍城の土橋は凄いですか? 定年退職したら西国にも足を伸ばしたいものです。
 幸隆さんの交渉に関する妄想にお付き合いいただきありがとうございます。
 セリフ割りに時間をかけた甲斐がありました。
今年も
業務開始しました〜
癒しの、そして燃える情報とスケッチを今年もたくさんよろしくお願い申し上げます。
早速拝見しました。
断崖が堅固で容易に落ちないのは良くわかるのですが、政務はできないですよね〜
作りも規模も全く違うのですが、毛利の郡山城に行った際、宍戸氏の五龍城を偶然見つけて登ったのですが、どんな大軍で押し寄せようとも、一人縦列になるしかない断崖の土橋に足がすくんだ事をイメージしました。
幸隆の妄想交渉、私も賛成です〜
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード