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尼巌城(2) ~ 真田幸隆攻囲

 尼巌城の第2話です。

*戦国期、尼巌城の城主は東条信広でした。

 東条信広は、村上義清に仕え、村上家に重きをなしていました。


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 はじめは緩やかな尾根だったのが次第に、厳しい登りとなり、ジグザグに登りつめた尾根の付け根は岩場になっていました。

*1541年、甲斐の武田信玄は家督を継ぐと、信濃侵攻を本格化させました。

 1550年には、信濃守護小笠原氏を追放し、信濃での敵対勢力は村上義清だけとなりました。


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 その先は巨岩の断崖です。

 断崖に沿って登っていきます。

*1551年には、村上氏の重要拠点戸石城を、武田信玄配下の真田幸隆が奪取します。

 翌年には村上配下の豪族が次々と寝返り、武田信玄へ和を請いました。


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 山の全体からするとこのあたりです。

*1553年4月、村上義清は葛尾城を捨てて、越後へ逃亡しました。

 そのような中、東条信広は武田へ屈せず、尼巌城へ立てこもりました。


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 まだ断崖です。登っていきます・・・

*村上義清は上杉謙信へ頼みました。「貴殿のお力で私を旧領へ戻してくだされ」

 同年9月には、越後から上杉謙信が侵攻し第一次川中島合戦が、1555年には第二次川中島合戦が行われました。第二次合戦は10月に和睦の形で集結しました。

 和睦すれば相互不可侵のはずですが、雪が積もり上杉謙信が越後に閉じ込められると、武田信玄は真田幸隆に尼巌城制圧を指示したようです。


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 まだまだ断崖です。登っていきます・・・

*寒さの厳しい季節にこの断崖に囲まれた尼巌城攻めを指示された、真田幸隆の心情はいかばかりでありましょうや。

 「信玄公・・・期待して下さるのは有り難いのですが・・・ この断崖ですよ・・・」とぼやきたくもなったことでしょう。


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 まだまだまだ断崖です。登っていきます・・・

*春が訪れ、雪が解けても尼巌城は落ちません・・・

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 こんなに高い断崖です。

 「尼巌城第3話・武田信玄催促の手紙」へ続く・・・

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