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千見城(5) ~ 上杉と小笠原の狭間で

 千見城の第5話です。

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 「北尾根」の続きの、続きです。大岩があります。往時も行き来するには梯子を使ったことでしょう。

*1582年3月、織田信長により武田家が滅亡します。

 安曇郡は木曽義昌に与えられ、木曽義昌は大日方氏へ本領安堵の朱印状を交付しました。


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 大岩の先には、急峻な細尾根が続いています。

*同年6月、織田信長が本能寺の変に倒れ、織田家の武将が信濃を捨てて帰国すると、大日向氏は戦乱の渦に巻き込まれてしまいます。

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 細尾根の先には更に、大岩があり・・・

*上杉景勝は川中島を制圧すると、無主の地となった安曇郡へ、小笠原家支流小笠原洞雪斎を派遣します。

 大日方氏は上杉の傘下に入りました。


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 岩の上からは、大日方氏が本拠を置いた古山城が遠望できます。

*直後に徳川家康は、小笠原家直系小笠原貞慶を派遣しました。小笠原貞慶は、支流の洞雪斎を追いだし安曇郡を手中にしました。

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 岩の先を更に登っていくと、千見城の最高地点です。

*そこで、安曇郡寄りの大日方氏は小笠原貞慶の傘下へ、川中島寄りの大日方氏は上杉景勝の傘下へ入り、大日方氏は分裂することとなりました。

千見城南面
 最高地点は、「本郭」の背後です。

 攻城兵が「北2郭」「北1郭」「鞍部」を奪取しても、この岩尾根を攻め登るのは難しく、別方面へ兵力を展開させなくてはならなくなるでしょう。

*千見城を所有する大日方佐渡守は、上杉景勝の傘下となりました。

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 最高地点から「本郭」を見下ろしました。

 「千見城第6話・南尾根連続堀切」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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Comment
Re: お世話になりました。
でいびす様 御来訪ありがとうございます。

 千見・尼巌では暖かいご配慮を頂き、感謝に堪えません。
 帰省ですか。ご家族と良いお年をお迎えください。

 足が遅くてお荷物ですが、それでもご容赦いただければ
来年もご案内頂けると嬉しいです。
お世話になりました。
五遁さん今年もお世話になりました。
今日から帰省しますのでちょっと早いですがごあいさつ
させていただきました。
千見・尼飾城ではとても楽しく過ごさせていただきました。
また来年もご一緒出来たらいいですね。
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